その31.真木柱             ヒカル 満36歳 

 

3.玉鬘に通う支度中のヒゲ黒に香炉が飛ぶ

 

 日が暮れてくると、ヒゲ黒大将は気もそぞらに浮き足立って、「何とか出掛けたい」と思うものの、雪が降り出して辺り一面、すっかり暗くなってしまいました。

 こんな空模様であえて出かけていくと、人目には本妻に対して不人情に見えるでしょう。本妻の様子が憎しげに嫉妬しているなら、それにかこつけてこちらも負けずに怒りながら出て行けるのですが、相手はとても平静でさりげない仕草を見せているのが気の毒になって、「どうしようか」と迷いながら、まだ閉じていないよろい戸の端近くに出て、空を眺めています。

 

 夫人は夫のそんな様子を見て、「あいにくの雪で道中が大変ですね。夜が更けていきますよ」と外出を促しました。「今さら止めてみても」と観念しきっている気配がとても不憫です。

「こんな天気ではどうだろうか」と答えながらも、ヒゲ黒は「やはり当分の間はこちらの心持ちが理解できず、相手の侍女たちもあれこれ言うことだろう。二人の大臣もどうなっていくか、と案じられているだろうから、訪問は途絶えがないようにしなければいけない」と考えました。

「とにかく気を静めて、気長に見ていてください。こちらに引き取ったなら、心配はなくなりますよ。今日のように正気でおられる様子を見ると、私の愛情を他の女性に移す気もなくなって、愛しく感じます」などと慰めました。

 

「外出を止められたものの、心が他の女性に傾いているのなら、かえってお辛いことでしょうね。余所に行かれても、せめてこちらのことを思い出してくださるなら、

(歌)そんなことを思いながら 声を上げて泣き 冬の夜の袖を濡らす氷も 溶けていきましょう といった歌のような気持ちです」と夫人は穏やかに答えました。

 香炉を持ってこさせて、夫の衣服をしっかりと焚き染めました。自分自身は着古した服を着て、身なりを構わない姿でしたが、ひどくほっそりとか弱そうでした。気が滅入っている様子を見ていると、ヒゲ黒も心苦しくなりました。眼をとても泣き腫らしているのが少しめざわりですが、「とても愛しい」と思って見ていると、咎める気も消えて、「この人と長い年月を過してきたのだな」と未練なく別の女性に心を移してしまった軽率さを反省しました。しかしすぐに玉鬘への恋しさが募ります。外出するのが億劫そうな溜息をわざとつきながら着替えをして、小さい香炉を取り寄せて袖の中に入れて香を焚き染めました。

 

 ほどよい加減に着馴れた衣裳姿は、世に類もないヒカルの美しさには圧倒されるものの、すっきりした男らしさは平凡な階級の者には見えず、見る側が気おくれするほどの立派さでした。

 お供の詰め所から声が聞えてきました。「雪が少し止んだようですよ」、「夜が更けてしまいます」などと、さすがに直接ではありませんが、外出を促すように咳で合図しています。オディールやテレーズなどは「世知辛い世の中ですね」と嘆きあいながら横になっていました。

 夫人は悲しみをじっと堪えながら、いじらしくソファに寄り臥しているかに見えましたが、突然起き上がって、大きな衣服のあぶり籠の下にある香炉を引き寄せ、夫の背後に近寄って香炉の灰をあびせかけてしまいました。侍女たちが制止する間もない出来事でしたが、ヒゲ黒はあっけにとられて、茫然としています。細かい灰が目や鼻にも入り込んでしまい、ぼうっとしてどうしたらよいか分かりません。灰を払いのけようとしても、辺り一面に灰が舞い散っていましたから、ヒゲ黒は服を脱ぎました。

「こんなことを正気でする」と考えると二度と見向きをする気が起きないほど腹が立ちますが、お付きの侍女たちは「例の物の怪が人から嫌われるようにした仕業だろう」と気の毒に見ていました。

 

 侍女たちが大騒ぎをしながら、着替えの衣裳を差し出しましたが、おびただしい灰が髪やヒゲにも降りかかり、灰だらけになった気分がしますので、清潔にしている玉鬘の住まいにこのまま向うわけにも行きません。

「乱心とはいえ、なんとも物珍しい、理解できない行動を起こす人だ」とヒゲ黒は不満そうに爪を弾きながら、気味が悪くなりました。 

「物の怪に取り付かれて可哀想だ」といった気持ちも消え失せていましたが、「ここでことを荒立てたら、もっとひどいことになるだろう」と怒りを静めて、夜中に入っていましたが、修道士たちを呼んで祈祷をしてもらいました。物の怪の叫びののしる声などを聞くのが嫌なことは当然なことです。夫人は一晩中、打たれたり引かれたりしながら、泣きわめきました。

 

 騒ぎが少し静まった頃、ヒゲ黒は玉鬘に手紙を書きました。

「昨夜は急に正気を失った者が出て来て、雪模様でもあったので外出が難しく躊躇しているうちに、身体まで冷え切ってしまいました。貴女のお気持ちは言うまでもなく、侍女たちがどう取り沙汰したでしょうか」と生真面目に書きました。

(歌)心までが空に思い乱れて 寒さで目が冴えたまま 片袖を敷いて寝につきました

「堪え難いことです」と、白い模様の紙に色っぽい感じで書きましたが、格別な風情はありません。筆跡は大層見事で、その才能が窺えますが。

 新女官長は男君の通いが途絶えたことに何の関心も湧かず、ヒゲ黒大将が心をときめかせて書いた手紙を読むこともなく、返信も書きませんでした。

 

 大将は落胆して、一日中物思いをしていました。正夫人が依然として大変苦しそうにしていますので、祈祷などを始めさせました。心の中では「ここしばらくの間だけでも、発作を起こさず正気でいてくれるように」と祈っていました。「本妻の本当の気立ては愛すべきものであることを見知っていなかったら、ここまで辛抱できない厭わしさだ」と思っています。

 日が暮れると、いつものように出掛けることにしました。正夫人は夫の衣裳のことなどは面倒を見ないので、侍女が衣裳を用意しましたが、世にも奇妙で不釣合いでしたので文句をつけました。鮮やかな上着などは間に合わず、非常に見苦しいものでした。昨夜の衣裳は焼け穴があいていて気味悪く、焦げた匂いも異様で、下着にまでその匂いが浸み込んでいました。衣服が燻されてしまったことは明白で、相手も嫌がるでしょうから、風呂場で湯を浴びたりして、身を繕いました。

 

 オディールは主人の衣裳に薫物(たきもの)をしながら、

(歌)奥様が一人残されて 思い焦がれる胸が苦しくて 思い余って 炎になったのだと存じます

「あまりに露骨な扱いぶりは、はたで見る者ですら堪え難いものです」と言いかけて口を覆いましたが、眼はとげとげしいものでした。

 ヒゲ黒はそんなオディールを見て、「こんな女性をどんな気持ちで相手にしていたのだろうか」とだけ思っていますのも、薄情な話しです。

(歌)憂い事を考えて 心が騒いでいると 様々に燻る後悔の煙が ますます立ち昇って来る

 

 昨夜の醜態が外に漏れて、あちらの耳にも入ってしまったら、私の立場は宙ぶらりんなものになってしまう」と嘆きながらヴィランドリー城に向いました。

 玉鬘はたった一夜だけ逢わなかっただけなのに、珍しいほど美しさが増した様子に見えるので、正妻のことなど思い出したくはなく、鬱陶しい気がするまま、しばらくの間は、玉鬘の住まいに居続けていました。

 

 

4.式部卿が立腹、正夫人を引取る

 

 ボールガール城では祈祷などで騒動が続いていますが、物の怪が度を越してののしり暴れているのをヒゲ黒は聞いて、「とんでもない悪評が立って、恥をかいてしまうことが必ず起きてしまうだろう」と恐くなって、自邸には寄り付きません。自邸に戻った時も、離れた別の場所を選んで、子ども達だけを呼び出して逢っていました。

 子供は十二か十三歳くらいの娘が一人いて、その下に息子が二人いました。最近になって、夫婦仲は離れがちになっていましたが、それでもれっきとした正妻として格別に大切に、肩を並べる者もいずに暮らしていました。

「もうこれ限りの縁になった」と夫人は見きわめていますので、仕える人々も「ひどく悲しいことだ」と感じていました。

 

 父宮も騒動を聞いて、「そんな風に除け者扱いをされているのに、辛抱強く我慢しているのですか。面目もないし、世間からも笑われてしまいます。私が達者でいる間は、一途に夫に従って気落ちすることはありません」と伝えて、急に迎えを差し向けました。

 夫人は少しは正気に戻っていて、今の状況を浅ましく思い歎いていましたから、「迎えが来た」と聞いて、「強いてここに居続けて、夫から見捨てられてしまうのを見届けてから諦めるなら、今以上に物笑いになってしまう」と実家に戻ることを決めました。

 兄弟の中で、長男の兵衛部の督はすでに官位四位の上官でしたから、「大袈裟になってしまう」という理由で弟の中将、侍従、民部五位の大輔などが、馬車三台を連ねてやって来ました。仕える侍女たちも「結局はこうなってしまうだろう」とかねてから思っていましたが、「いよいよ今日限り」と思ってぽろぽろと泣きあいました。

 侍女の何人かは「あまり住み慣れていない余所での住まいとなりますから」、「手狭な住まいに落ち着かないまま、大勢の者がどうやって仕えることができましょう」、「里へ戻って、少し落ち着くのを待っております」とそれぞれ言い出しました。めいめい自分のちょっとした荷物を実家に送って、散り散りに去って行きました。

 

 夫人の調度品など必要な物はまとめて荷造りされますので、上級も下級も含めた侍女たちが皆、泣き騒いでいる光景は大層不吉に見えました。三人の子供は無心に歩き回っていましたが、母親は三人を呼んで、「お母さまは不幸な運命でお父さまから見捨てられました。この世に未練はありませんから、どうなりともなって行くことでしょう。あなたちはまだ先が長いので、母親が散り乱れていく様子を見るのは悲しいことでしょう。姫君はどうなるにしても私に付いて来なさい。男の子二人も私が連れていきますが、父上に会っていないとお世話を受けないようになりますから、こちらに来るのも避けられず、どっちつかずの生活になるかもしれません。祖父宮がお元気な間は型通りな出世は出来るでしょうが、今は太政大臣と内大臣の意向が強い世の中ですから、『あのわけありの子ども達か』と眼をつけられてしまって、立身出世は難しいことでしょう。そうかと言って、山林に籠って隠遁生活を送ることは、後の世まで大変なことになってしまいます」と泣くので、幼い子供たちは深い事情は分からないものの、べそをかいていました。

 乳母たちも集まって来て、「昔の物語などを見ても、世間並みに愛情深い親でも時勢の流れに押され、人の勢いに従わざるをえなくなると、いい加減なものになってしまいます。ご主人も形だけの父親のようになってしまい、目の前にいても心残りもなさそうにしておりますから、先行きも期待はできません」と言いながら歎いています。

 

 日も暮れ出して、雪が降りそうな空模様が心細く見える夕方でした。「ひどく荒れそうです。早く」と迎えに来た弟たちが促しながら、眼を拭いつつ姉の正夫人たちを眺めていました。

 姫君はヒゲ黒大将が非常に可愛がっていましたから、「父に逢わないまま立ち去って行くことはできない。今日逢うことができなければ、二度と逢えることはないだろう」と思いながら、長椅子にうつぶしたまま「ここから動きません」と思い詰めているようなので、夫人は「そんなお考えでいるのは、私を悲しくさせるだけですよ」と宥めていました。

 

 姫君は「そのうち父が帰ってくるだろう」と待ちわびていますが、段々暮れて行きますので、どうして戻って来るでしょう。いつも寄り掛かっている東面の木柱を人に譲ってしまう気持ちになるのが悲しく、姫君は杉皮色の紙を重ねて小さい字で歌を書いて、柱のひび割れた隙間に髪の掻き上げ棒で挿し込みました。

(歌)今はこの邸を離れて行きますが 幼い頃から親しんで来た 真木の柱は私を忘れないでください

と書きかけて泣いてしまいました。

 夫人は「さあ、行きましょう」と言って詠みました。

(歌)馴れ親しんで来た者として 真木の柱が私たちのことを思い出してくれたとしても どうしてこの邸に 

   留まっていられましょう

 お側に仕える侍女たちもそれぞれに悲しく、いつもはさほどにも思っていない前庭の草木の姿すら、「恋しくなることだろう」とじっと見つめながら鼻をすすりあっていました。

 

 オディールはヒゲ黒大将付きの侍女ですから、邸に留まりますが、夫人と一緒に去っていくテレーズが

(歌)石の間から流れ出る水のように ご主人との関係が浅い貴女が残って 本来は邸を守るべき夫人が 

   離れて行くとは

「思いもしなかったことになりました。こうしてお別れするようになるとは」と言いますと、

 オディールは

(歌)石の間から流れ出る水も 滞ってしまって この邸に留まることができそうにもない世の中になってしまいました

「本当にもう」と泣きました。

 

 馬車がボールガール城を出ると、夫人は城を振り返りながら、「もう二度と見ることはないだろう」と空しい気持ちがします。城の木立ちが見えなくなるまで、ずっと眼を留めていました。

(歌)あなたが住む 城の梢が 隠れてしまうまで振り返る といった叙情的な歌のようではではないのですが、長年住み慣れた住まいですから、名残惜しくないわけではないのです。

 ヴィルサヴァン城で待ち構えていた父宮はとても悲しい思いでいました。夫人の母は泣き騒いで、「太政大臣のことを頼りにできる縁者と思い込んでいましたが、どれほど昔からの仇敵だったのだろうか、という思いがします。王宮に貴婦人として上がった娘に対しても、何かにつけて冷淡な仕打ちをします。『サン・ブリューに流されていた頃、自分が冷淡であったことへの恨みがいまだに解けず、思い知ったか、という気持ちなのだろう』と夫宮が話し、世間の人もそう言っていますが、そんなことがあって良いものでしょうか。

 太政大臣は紫上ただ一人を大切に思ってかしづいているので、縁故があるこちらにも恩恵があるはずなのに、納得いきません。その上、今頃になってわけも分らない娘を養女にして寵愛しながら、使い古しになるとその代償として、生真面目で女遊びなどしそうもない男を引き寄せて、婿としてかしづかせる、というのはあまりにもひどい」と悪口を言い続けました。

 

 さすがに式部卿は「ああ、聞き苦しい。世間から難癖をつけられてもいない太政大臣に口から出任せに罵詈雑言を叩くのは止めなさい。賢明な人はじっくり構えながら、『こういう報復をしてやろう』と考えていると、自然にそういうことになってしまうのだ。そういう風に思わせてしまった私が不幸者、ということだ。なにげない風にしていながら、すべて失意に沈んでいた時の返答として、人を引き立てたり、陥れたりするのは、賢く考えてのことなのだ。私個人に対して、いつぞや愛妻の父親として、世間の評判にもなった『五十歳の賀』をしてくださっただけでも、我が家にとっては充分過ぎることである。これを幾らかの名誉と思って、満足すべきなのだ」と言いますと、夫人はまずます腹をたてて、縁起でもないことを言い散らしました。まったく手に負えない人物でした。

 

 

5.ヒゲ黒、式部卿宮邸を訪問、面会謝絶

 

 ヒゲ黒大将は夫人が実家のヴィルサヴァン城へ移っていったことを聞いて、「まことに妙なことをしでかす、若い者同士の仲でもあるかのように、やきもちを焼いて行動してしまう。本人にはそうした性急にきっぱりと思い切る気持ちもないのだろうが、父宮が軽率なのだ」と考えました。子供たちもいることだし世間体も悪いので、あれこれ思い悩みましたが、新妻の女官長に向っては「何か面倒なことが起きてしまった。かえって気楽になったと思えなくもありませんが、邸の片隅に引っ込んでいてくれたなら、何も問題はないと安心していたのに、父宮が急に思いついてされたことでしょう。世間に知られてしまったら情けない。ちょっと顔を出して来ます」と言って出掛けました。立派な上着と柳色の長衣、金糸や色糸を混ぜた模様の浮かせ織りのズボンを着て、身なりを整えた姿は官位三位らしい貫禄がありました。

「確かに女君と不似合いではありませんね」と侍女たちは見つめていますが、女官長は内情を聞くにつけ、自分の身が情けなくなって、ヒゲ黒を見やりもしません。

 

 ヒゲ黒大将は式部卿に「苦情を言わねばならない」と思いつつ、先に自邸に寄りました。残っていた侍女オディールが出て来て、その時の様子を伝えました。姫君の様子を聞いて、男らしくじっと堪えながらも、ぽろぽろと涙を流しているのは大層哀れでした。

「それにしても、世間並みの男とは違って、奇妙な病がある人を見過ごさずに長い年月を労わってきた私の思いを汲み取ってはくれなかったのだ。身勝手すぎる男なら、今まで辛抱して一緒にいなかったことだろうに。いずれにしても、本人はどうにもこうにも役立たずの廃人のようになってしまったのだが、まだ幼い子供たちをどうやって育てていくのだろう」と歎息しながら、あの真木柱を見ると、ひび割れの隙間に紙片がありました。字はまだ幼稚ながら、哀れな心情が感じられます。

 

 娘が恋しく、道すがらも涙を拭いながらヴィルサヴァン城に着きましたが、夫人が対面に出て来ることはありません。

「何と言おうが、あの男が他の女性に心移りするのは、今に始まったわけではない。このところ、相手の若い女性に浮かれているという噂を聞いてから久しくなるし、いつまで待っていても改心することはあるまい。対面したとしても、ますます持病がひどくなるだけですよ」と父宮が対面を止めるのも当然なことでした。

「あまりに大人気ないなされようですね。見捨てることができない子供たちもいるから、とのん気に構えていた私の気の緩みを返す返す悔んでおります。今はただ穏便に考えていただいて、世間の人たちが端から見ても言い逃れる余地がない、と考えるようになってから、こうした処置をとられてください」とヒゲ黒は困惑していました。

 

「せめて姫君にだけでも逢ってみたい」とヒゲ黒は懇願しますが、面会に出すことはしません。十歳になる長男は王宮の近習をしていて、とても可愛らしく、人からも褒められていました。容姿などはよくありませんが、貴族らしい気高さがあって、両親の事情もよく分かっていました。八歳の次男もとても可憐で姫君に似ているので、その子を掻き撫でながら、「これからはお前を恋しい姫君の形見として見ていくからね」と泣きながら話しました。

 父宮への面会も申し入れたのですが、「風邪をひいて養生しているから」との返答でしたので、中途半端なまま城を出て、息子二人を馬車に乗せて、あれこれ語りました。ヴィランドリー城に二人を連れて行くことはできないので、自邸に残して「あなた方はここにいなさい。ここにいるなら、私も自由に逢いに来られて、安心だから」と伝えました。

 

 二人が父の姿をとても心細そうに見ながら見送る光景がとても哀れなので、心配の種が一つ増えた心地がしますが、玉鬘の有り様が見甲斐のある美しさなので、物の怪につかれた正夫人を思い較べると比較にはならない、と感じながら不愉快だった自分を慰めました。

 ヴィルサヴァン城へはそれっきり訪れることはありません。そっけなくあしらわれたことを口実にしていますので、父宮はひどく呆れて嘆いていました。春の町の夫人はそうした話を聞いて「私までが恨まれることになってしまうのが苦しい」と嘆いているのを、ヒカルも愛おしく感じて、「難しい案件だね。私一人の一存では処理できない人に関わることは、王宮でも気にかけています。蛍兵部卿もヒゲ黒大将との結婚を恨んでいる、と聞きますが、そうは言っても弟は思いやりが深い人だから、玉鬘にとっては嫌々な結婚だった、と聞いて諦めがつき、恨みも少しは解けたようです。男と女の仲は隠しているつもりでも自然と知られてしまうものだし、二人の結婚については私が負う罪はないと思います」と話しました。

 

 

 

            著作権© 広畠輝治Teruji Hirohata