その24.胡蝶    (ヒカル 35歳)  

       

4.玉鬘への懸想人―兵部卿、ヒゲ黒大将、アンジェの中将とヒカル

 

 夏の町の西に住む玉鬘は陰暦正月の男歌舞の際に紫上と対面した後、紫上と手紙をやりとりするようになりました。心用意が深いのか浅いのか、どんなものかは分かりませんが、仕草から見ると、とても物分りが良さそうで、親しみが持てる気立ての持ち主に思えるし、気の置けない人柄のようなので、紫上を始め、どなたからも好意を持たれましたし、思いを寄せる男たちも数多く出て来ました。

 それでも太政大臣はうかつに、この男と結ばせようと決めることはありません。自分自身でも真面目に父親になりきったままで終らせることが出来るのかどうか、覚束ない気がしますし、「実父の内大臣に打ち明けてしまおうか」などと思い寄ることも度々ありました。

 

 同じ夏の町に住むヒカルの息子の中将が、少し打ち解けた仕草で内カーテンの側に近づいて話しかけることもありました。玉鬘は気恥ずかしい思いでいましたが、表面上は「姉弟」と誰もが承知していましたし、中将は生真面目は性格でもありますから、言い寄るなど思いもしません。

 内大臣の息子たちは中将をつてにして、何かにつけ気取りながら、せつなそうに振舞います。玉鬘はそうした恋愛沙汰には無関心で、心の内は苦しく「実の父に何とか知って欲しい」と人知らず願っていましたが、そんな気持ちを漏らすことはありません。もっぱらヒカルに打ち解け、頼りにしようとする心遣いは可愛いらげがあり、いじらしくもありました。母親とそっくりというわけではありませんが、やはり母君の気配がすごくよく偲ばれる点があり、これに才女らしさが加わっていました。

 

 五月に入って衣替えの季節となり、目新しく改まった頃おい、空の様子ですら不思議と何となく趣がある中、のどやかに過しながら色々な遊びをして過しています。玉鬘の許に男どもからの懸想文が繁くなっていくのを「思っていた通りだ」とおかしく感じながら、ヒカルは何かにつけて玉鬘の所に出かけ、男どもからの手紙を読んで、しかるべき手紙には返信を書くように勧めるものの、玉鬘は合点がいかず苦行と思っていました。

 兵部卿が玉鬘の存在を知ってからまだ間もないのに、恋焦がれる恨み言を書き連ねている手紙を見つけて、ヒカルは心底おかしそうに笑いました。

「腹違いの兄弟は大勢いるが、兵部卿とは子供の頃から分け隔てのない昵懇な弟と思ってきた。ただこうした恋愛ごとは私にはひた隠しにして来たようだ。今になって、こうした女好きの側面を見ると、おかしくも愛おしくも感じる。やはり、返信を書いて上げなさい。少しでも見識がある女性なら、あの卿より他に手紙を交し合える人がいるとは思えない。本当に心憎い人柄ですよ」と若い女性の心を引き付けそうな話しをしますが、玉鬘は気恥ずかしそうに聞いています。

 

 その頃、安梨(あんり)王太子の叔父で、メディチ家出自のヒゲ黒右大将が神聖ローマ帝国対策をめぐるローマ教皇との下交渉で、しばしばヴィランドリー城に出入りするようになっていました。ローマ教皇が同じメディチ家出身なので、仲介役としてうってつけだったからですが、帝国とイングランド王国が新たな反フランス同盟を締結したことから、新教皇をフランス側に引き寄せることがますます重要案件になっていました。

 ヒゲ黒大将はごく真面目そうで、仔細ありげに振舞っていますが、「恋の山には聖人でも転んでしまうことがある」という名句を地で行きそうな気配で憂慮している手紙も「あのような性格の人なのだから、これもまた面白い」と言いながら、あれこれすべての手紙を読み比べていると、イタリア製の薄藍色の紙を大層ゆかしげに香を深く染みさせ、非常に細く小さくしっかりと結んだ恋文がありました。

 

「どういうわけで、この手紙はこんなに固く結んだままなのか」とヒカルがほどいてみると、非常に美しい筆跡で書かれていました。

(歌)岩間から漏れ出る水には 色がありませんが 私がこんなに恋焦がれているのを 貴女はご存知ではないでしょう

書き様は今風でしゃれていました。

「これはどなたからの懸想文ですか」と問いますが、玉鬘ははっきりとは答えません。

 

 ヒカルはミモザを呼んで注文をつけました。

「こうしたように恋文を送ってくる人の中から選んで、返信をさせなさい。色好みで浮気っぽい当世の男どもがけしからぬことをしでかしたりするのは、一概に男の罪と言えない場合もある。自分の経験に照らし合わせても、男が『なんて薄情な。恨めしい仕打ちだ』と感じる場合、分別がないようだが、女の対応が目にあまるようになってくると、ひどいことをしでしかしてしまう、ということも頭に入れておく必要があるからね。

 さほど深く思い詰めていないが花や蝶にかこつけて送ってくる手紙にそっけいない扱いをしていると、かえって相手の熱情を沸き立たせる場合もある。逆にそれきりで忘れられてしまった、としても何の罪があるだろう。都合のよい、いい加減な挨拶文に通り一遍の返信をしてしまうのはすべきではない、後でどんな災難がふりかかってくるか分からないからね。何事においても女性が遠慮せずに心で思うままに物の情緒に知ったかぶりの顔を作ったり、風雅を解しているかのように振舞うのは、結果として味気ないことになる。

 兵部卿やヒゲ黒大将はそれぞれ、いい加減はことを切り出しているわけではない。だから、この二人にはあまり情を解さないようにするのも適当ではない。この二人よりも目下の者には、志しの度合いに応じて情をかけてあげなさい。熱意に注ぐ労苦も考慮してあげなさい」などとミモザや玉鬘に向って話します。

 

 玉鬘はわざとか横を向いていますが、撫子の花のような紫がかった薄い赤色の細長ドレスに、今頃咲いているウツギ(Seringa)の白い花様のベストを重ねているのが、今風によく調和していて、物腰なども難点はありません。ロワールに上がって来た当初は、まだまだ田舎臭さが残っていて、素朴でおっとりした点だけが目立っていましたが、ヴィランドリー城に住むようになってから、人々の様子を見知っていくにつれ、様子がごく上品に垢抜けていき、化粧にも気をつけるようになったので、もはや満ち足りない所はなく、花やかに美しくなっています。ここまで美しくなった玉鬘を他人の妻にさせると、どんなに口惜しい思いをするだろうとヒカルは感じます。

 そんな二人の情景をミモザもにこにこしながら眺めながら、「ヒカル殿は父親と見るのが不似合いなほどお若い。夫婦として並んだ方が釣り合いがよいようだ」と思っています。

 

「言い寄って来られる方々の取次ぎをしたことは決してありません。前々から思いを寄せておられる方々からの三通か四通は、つき返してしまうときまりの悪い思いをさせてしまうのもどうか、と考えて手紙だけは引き取っていますが、返信は殿様が指示された時だけにしております。それだけでも姫君は嫌がっておりますが」とミモザが報告しました。

「それなら、この若やかにしっかりと結んだ恋文は誰からなのか。とても辛苦して書いた様子が見える」とヒカルは微笑みながら、その恋文に目を落としています。

「この文は強引に押し付けられて、こちらに届きました。内大臣の息子アンジェの中将がこちらに仕えているアリス(Alice)と以前から顔見知りなので、アリスが取り次ぎ役になりました。この子の他に頼む者がいない、ということで」と説明します。

「実に可愛げがある話だね。アンジェの中将はまだ地位は低いが、あの人などをきまり悪い思いにさせることはないだろう。上級貴族と言っても、あの若者の人望に必ずしも肩を並べることができない者も大勢いるし、内大臣の息子たちの中でもとりわけ思慮深い若者だ。いずれ自然と玉鬘と姉弟の関係だと分かるだろうから、それまでははっきり言わずに誤魔化しておこう。懸想文は見所がある書きぶりだし」とその恋文を手離さずにいます。

 

「貴女にはこうやって何やかやと意見をしていますが、貴女にもこうしたいと思っている所もあるのではないか、と気が咎めたりします。内大臣に貴女のことを告知する件ですが、貴女はまだ若く、身も固まっていませんから、長年離れていた人たちの中に入り交じっていくのはどうだろうか、と案じています。やはり、世間並みに夫を持って身を固めてから、親族と交わっていくのが良いのでは、と考えています。

 兵部卿は夫人を亡くしてから独り身でいるようですが、人柄はひどく浮気っぽくて、通っている女性が多いと聞いていますし、『召人』という嫌な名がついている愛人の侍女が幾人かいる、と聞いています。そうしたことを憎まず、大目に見てあげられる女性なら具合よく穏便にすむでしょう。逆に嫉妬心が強い傾向の人だと、夫に飽きられてしまうことになりますから、その覚悟が必要でしょう。

 ヒゲ黒大将は、長年連れ添って来た年上の夫人がひどく老け込んで来たのに嫌気がさして、若い女性を捜しているのですが、周りの人々はそれを面倒なことと見ています。

 それやこれや人様々なので、貴女の相手を誰にしたらよいか、人知れず思案しながら決めかねています。まあ、恋愛ごとは『私が思っている人は』と親などにもはっきりと打ち明けるのは難しいことですが、もう二十歳を過ぎているのですから、今は何事も自分で判断できないことはないでしょう。私を亡くなった母君と同様と考えて、何なりと相談してください。貴女のお心に添わないようなことは心苦しいことですから」とごく真顔で語りますが、玉鬘は当惑しつつ「何と考えたらよいのか」と困っています。それでも玉鬘はあまり子供っぽく振舞うのも愛嬌がないと考えて、「まだ物心がつかない頃から親というものを見たことがないので、親というものはどういうものなのか、実際にはよく分かりません」と率直に答えました。

 

「確かにそうなのだろう」とヒカルは感じつつ、「そういうことなら、世間でも言い習わしているように『後の養父』を本当の親と考えて、並々ならぬ私の誠意を見届けてください」とくだけた口調で続けますが、胸中にある思いはきまりが悪いのか、はっきりとは口にだしません。その後もヒカルは意味ありげな言葉を時々、はさみこんだりしますが、玉鬘には意味が分からないようなので、何と言うこともなく、溜息をつきながら帰っていくことにしました。

 前庭の近くに生えるラヴェンダが大層若々しく伸びて、そよいでいる姿に眼が惹かれて、立ち止まって歌を詠みました。

(歌)邸の中に引き取って 大切に育てた娘も やがて私の手を離れて 自分の世界に生きていくことになるのだろう

ヒカルがカーテンを引き上げて、「考えてみると恨めしいことですね」と告げると、玉鬘はカーテンの側に寄って来ました。

(歌)こうなってしまったなら どんな状況となっても 実父の許を尋ねていくことはありません

「なまじ父親に出逢うことができても、幻滅を味わうことになるでしょうから」とまで口に出しましたので、さすがにヒカルは「大層いじらしいことだ」と感じます。

 ところが玉鬘の心中はそうではなく、「いつになったら実の父に知らせてくれるのだろう」と頼りない悲しみにくれていたのですが、その一方では「私に対する太政大臣のお気持ちは有り難い。実父と言ってもずっと逢えずにいたのだから、こんなにもこまめに面倒をみてはくらないだろう」と思ったりしています。玉鬘は古い小説を読んで、人情の裏表や世相の有り様は承知していましたので、ヒカルの前では非常につつましく振る舞いながら、「自分から実の父に名乗っていくのは難しい」と思っていました。

 

 そんな玉鬘をヒカルは「なおのこと可愛い」と感じて紫上にも話します。

「あの娘は妙に人を惹き付ける所がある。亡くなった母親にはからっとした明かるさはあまりなかったが、あの子は物分りがよく愛嬌もあり、心配になるようなことも見えない」と褒めそやしました。

 ミモザあたりから、それとなく玉鬘の実父は内大臣アントワンであることを聞いていたこともあるのか、紫上はただでは済ませることができないヒカルの性癖を見抜いていましたから、夫の浮気心に気付きました。

「玉鬘は物の道理が分かっているようですが、安心して貴方に打ち解けて、頼られているのはお気の毒ですね」とちくりと皮肉ります。

「どうして私に頼り甲斐がないと言うのです」と問いますと、「さあどうでしょうか。私としても堪えきれない経験がありましたから。気が晴れそうにない、貴方の折々の悩みっぷりを思い出すことがなくもないですから」と微笑みながら答えます。

「さすがに察しがよい」とヒカルは感心しつつ、「嫌な邪推をするね。そんな下心はありはしない」と言いながら、面倒なことになりそうなので、黙ってしまいました。内心では「人がそう推察するとなると、どうしたらよいものか」と思い乱れ、同時に見苦しく、けしからぬ自分の心の内を思い知りました。

 

 

5.後の養父ヒカル、玉鬘への懸想が募って添臥

 

 ヒカルは気がおもむくままに、しばしば玉鬘の住まいを訪ねて見守ります。雨が降った名残りで、大層しっとりした夕刻、庭先の若いカエデやブナ科の柏木など青々と繁っていて、何となく心地よい空を見上げながら、「温和で清明な」と大押韻派(Grands Rhétroqueurs)の詩を誦していると、まず玉鬘のふくよかに匂う容姿を思い出して、例のように忍びやかに夏の町の西の対へ向かいました。

 玉鬘は手習いなどをしながらくつろいでいましたが、ソファから立ち上がって恥かしそうにしています。顔の色合いが大層美しく、身のこなし方がなよなかな気配に、ふと昔の夕顔の面影を思い出して耐え難くなりました。

「初めて逢った時はここまで母君に似ているとは感じなかったが、今は不思議に貴女の母上ではないか、と思い違いをしてしまう折々があります。全く哀れ深いことです。息子の中将は死んだ母君に似た所が見えないので、母と娘と言ってもさほど似ることはないと考えていましたが、貴女のような人もいるのですね」と涙ぐみます。

 

 ヒカルは箱の上に盛った果物の中のオレンジをいじりながら、

(歌)袖にオレンジの薫りがした昔の人に よそえて眺めていると とても別人とは思えない

「長い年月の間、貴女の母君がいつも恋しく忘れ難く、慰めを得ることもできずに過ぎていく日々でした。こうして故人とそっくりの貴女と逢えたのは夢のようだ、とだけ思います。ですから、とてもたまりません。嫌とは思わないでください」と手を取ると、玉鬘はこうした場面には馴れていないので、不快に感じますが、おっとりした態度でいます。

(歌)私の袖の香りを 昔の人のオレンジの香りによせられる ということは オレンジの実の私も 

   はかなく短命で終ってしまうのでしょうか

「薄気味悪いこと」と思いながら、ソファにうつぶしている様子が魅力的で、手つきがふっくらとした姿や肌具合が細やかで美しく、ますます物思いが増した心地がして、今日は胸中にある思いを打ち明けてしまいました。

 

 玉鬘が悲しくなって「どうしたらよいのか」とわなわな震えている気配をヒカルは感じるものの、「どうして、そう嫌がるのですか。これまで私の恋情をうまく隠して、人から見咎められないように気をつかっていました。さりげない風を装って隠していてください。これまでも貴女のことを浅くは思っていませんでしたが、さらに新たな愛情が加わわるなら、世に類ない心地がします。私のことを、貴女に声をあげて言い寄ってくる男以下だと思わないでください。こんなに誠意がある人間はこの世の中にめったにいないのですし、貴女に言い寄ってくる男たちが気掛かりでもあるし」と話しますが、何とも差し出がましい親心です。

 雨が止んで、風がアカシアの葉にあたって騒ぐ中に、花やかに射し出した月影が夜の様子をしんみりとさせます。

 

 侍女たちはヒカルが微妙な話を始めたことから、遠慮をして遠くに散っていきました。頻繁に出逢っている間柄ですが、こんな良い機会はめったにないことですし、恋心を口に出して一途な気持ちになったのでしょうか、着馴らして柔らかくなった上着を脱ぎ滑らす音をうまく紛らわせつつ、玉鬘が座っているソファに横に臥しました。玉鬘は情けなく、お付きの人々も奇妙に感じるだろうと、たまらない思いでいます。

「実の父親であったなら、疎略に扱われたとしても、こんなひどい行為はしないだろうに」と玉鬘は悲しみに包まれて、涙をこぼしながらひどく辛そうにしています。

「そのように嫌がられると、私まで辛くなります。赤の他人同士でも一緒になれば、世間の普通のならいとして誰でも身を任せます。まして親しくなってから長くなった私が貴女の側に臥すのをどうして嫌がるのですか。これ以上の無理はしませんよ。ありきたりのことでは我慢できない私の心騒ぎを慰めているだけですよ」と心をこめた口調で、しみじみとあれこれと話します。

 

 こうして二人きりでいる情景は、その昔、玉鬘の母の夕顔と一緒に過した時の心地がして、感慨無量でした。自分自身、「だしぬけで軽率なことだ」と承知していますので自省しつつ、侍女たちも怪しいと思うであろうと、大して夜が更けないうちに去ることにしました。

「私を嫌いになったとしたら、本当に辛いことです。他の女性なら、ここまでのぼせ上がってしまうことはありません。貴女に対する私の愛情は限りなく底知れぬ深さなのですから、人が咎めるようなことは決していたしません。ただ貴女の母君と過した昔が恋しい慰みに、他愛のないことを言ってしまうのです。貴女も私と同じ気持ちになって応対してくれるなら」とヒカルは細やかに話しますが、玉鬘は度を失った様子でひどく当惑しています。

「こちらの気持ちも分かってもくれずに、私をひどく憎んでいますね」と嘆いた後、「夢ゆめ、人には悟られないように」と言って、ヒカルは去っていきました。玉鬘は年齢こそ二十歳を越えていましたが、男と女の仲とはどんなものかをまだ知らず、少しは事情に通じた者から見聞きしてもいないので、ヒカルがした行為以上のことがある、とは思いもしませんでした。

「世の中には心外なこともあるのだ」と歎きつつ、顔色もひどく悪くなっていたので、侍女たちは「ご気分がすぐれないようだ」と心配しました。乳母ロゼットの娘カトリーヌなどが「ヒカル殿の細やかな心遣いは有り難いことです。実の父親と申しても、とてもこのような行き届いたお世話はなさいますまい」など、ひそひそと話しをしているのを聞くにつけ、ますます思いもしなかった、好きにはなれないヒカルの態度を疎ましく思うにつけても、我が身の宿命が悲しくなります。

 

 翌朝早々にヒカルから便りがありました。玉鬘は気分がすぐれず、ベッドに臥していましたが、お付きの人たちがインク壺などを用意して、「ご返信は早く」と催促しますので、しぶしぶ手紙を読んでみます。艶っぽい白い紙に、上辺は穏やかにそっけなく、真面目そうに書いてありました。

「例えもない貴女の仕打ちが辛く、忘れ難い思いです。人は何と見たことでしょう。

(歌)気を許しあって 一緒に寝たわけでもないのに どうして若い人が意味ありげな顔をして 

   物思いに沈んでいるのでしょうか

二十を過ぎたというのに、まだ子供っぽいのですね」とさすがに親ぶった言葉で書いてありました。「何て憎らしい」と見やるものの、返信をしないと人が怪しみますから、ふっくらとした羊皮紙にただ「受け取りました。気分が悪いので、これにて失礼いたします」とだけ書きましたが、それを読んだヒカルは「こんなところはさすがにしっかり者だ」と微笑して、恨んでいるようでも手ごたえがある気がした、というのは情けない心持ちです。

 

 一度、恋心を口に出した後は「こんなに恋しくなるのなら 出逢った時に はっきり言っておけばよかったといった、単刀直入な古歌のようではなく、あれこれ言い寄ってくることが多いので、玉鬘は身の置き所もないほど思い悩んで、ますます加減が悪くなりました。

 そんな具合でしたから、「本当の事情を知っている人は少なく、疎遠な者も親しい者も紛れもない父親と思い込んでいる。こんな気配が漏れ出てしまうと、人からどんなに笑われ、悪評が立ってしまうことか。そのうち、父の内大臣が尋ね当ててくれるにせよ、本気で親身になってはくれないだろうし、まして非常に軽薄な女だと思われてしまうだろう」と何かにつけて煩悶してしまいます。

 

 兵部卿やヒゲ黒大将などは、玉鬘に対する自分の態度は悪くないように太政大臣が見なしているようなのを伝え聞いて、ますます熱心に言い寄ります。「岩間から漏れ出る水には 色がありませんが」と詠んだアンジェの中将も、アリスからの便りで、玉鬘への接近を太政大臣が認めたことを何となく察して、自分の腹違いの妹であるという真実を知らぬまま、ただただ嬉しくて、恋の恨みを訴えながらヴィランドリー城をうろついているようです。

 

 

 

               著作権© 広畠輝治Teruji Hirohata