私の三プロジェクトの共通点

 

 このホームページで十数年、書き続けて来た三つのプロジェクト

1.邪馬台国吉備狗奴国大和説からの古代史シリーズ

2.源氏物語フランス・ルネサンス版

3.日本列島の里山でのヤギ畜産の発展

のテーマは一瞥すると不調和に思われるでしょうが、「常識化された誤った固定観念への挑戦」という共通点があります。それぞれ、どの点が誤った固定観念であるかを挙げて行くと同時に、正しい方向を示唆していくのが、三つのプロジェクトの目的です。

 

1.邪馬台国吉備狗奴国大和説からの古代史シリーズ

      参照 自説の要旨2 ⇒ 新井白石以来の邪馬台国論争

  江戸時代の新井白石以来、三世紀以上もの間、「邪馬台国所在地論争」はなぜ、結論が出ないのでしょうか。その理由は、以下の誤った常識が足かせになって来たからです。

(1)三国志・魏志倭人伝の誤り

   魏を265年に乗っ取った晋(西晋)では、南東の呉を破って全国統一を完遂しなければとの風潮がありました。三国志の  

   編纂チームの一員が、「倭人は水に潜る」、「入れ墨の風習がある」との記述を見つけ、「邪馬台国は呉の東に当たる

   沖縄諸島に違いなく、呉への対策で何かの役に立つのではないか」と、期待を込めた誤判断をして記述の「東」を

   「南」に書き換えただけの話にすぎません。

(2)神武天皇即位2600年前説の誤り

   白村江の戦いで唐軍に敗れた後、いつ唐軍ないし新羅との連合軍が日本に襲撃をしてくるか、との危機感を背景に古事 

   記(712年)と日本書紀(720年)の間に考案された、唐と新羅に対抗し、国内の意識を高揚させようとするはったりで

   す。

(3)欠史八代説の誤り

   第二次世界大戦後の自虐的古代史観に過ぎません。詳しくは「新井白石以来の邪馬台国論争」をお読みください。

 

 私の「邪馬台国吉備狗奴国大和説」は、古事記・日本書紀などに登場する神々と氏族の動きを、考古学的な発見を考慮しながら、先入観なしに素直に探って行った結果です。

弥生時代 

前期 水稲文化の本格渡来。北部九州にムスビの神々、淡路島にイザナギ・イザナミ。 

中期 前半 中国山地の銅山発見で、剣神フツヌシが誕生し東上(物部氏)。

   後半 ムスビの神々の東下。ことに吉備・出雲の沖積平野部で水田耕作が発展し、吉備の吉井川・旭川流域でスサノオ族が伸長。

後期 吉備・出雲連合が奴国・伊都国を制覇して、倭国の盟主となる。遠賀川の警備を担った日向の神武兄弟(ヒコイツセとイハレビコ)が水銀朱の確保と交易路の確保で宇陀野に入り、南葛城地方に葛(狗奴)国を建国。

終末期 倭国大乱を経て、狗奴国が伸長し、吉備邪馬台国と拮抗。

 

延喜式で紹介されている古社は縄文時代以来の神々と歴史を伝えている

 日本の神々の系譜をたどっていくうちに、古くから存在する神社は、縄文時代から古墳時代を経て、現代に至るまでの一万年に渡る日本の歴史を残し、伝えていることが理解できました。この点が世界の中での日本文化の独自性です。

縄文時代 主神は太陽神オオヒルメと山の神オオヤマツミ

弥生前期 呉が前473年に越に敗れた後、北部九州にカムムスビ、タカミムスビなどムスビの神々。越が前381年に楚に敗れた

      後、淡路島にイザナギ・イザナミ

弥生中期 秦が前206年に滅び、亡命者が朝鮮半島に。後漢の光武帝が朝鮮半島四郡を植民地化。この影響で伊都国・奴国の北

      部九州が倭国の中心に。

     中国山地の銅山発見により津山盆地で剣神フツヌシが誕生。吉備の吉井川中流域で、東下した北九州勢と地元勢力

      が融合してスサノオ系譜クシナダヒメ系とカミオオイチヒメ系)が誕生。

弥生後期 崇神・垂仁朝で日本国の誕生(東西倭国の統合)を象徴する伊勢神宮

                      (縄文時代以来の太陽神オオヒルメと大和朝廷の祖アマテラスの両神)

古墳時代 応神朝に八幡神

 

 

2.日本列島の里山でのヤギ畜産の発展

   参照 里山再生に向けたヤギ畜産振興     ヤギ畜産と葛ベルト栽培

      ヤギ畜産発展の切り札は給食

 私が衰退する日本の里山の活性化はヤギ畜産にあるのではないか、と切実に考えるようになったのは、「邪馬台国吉備説 神話編」の取材旅行を通じて、山里の衰退ぶりを目の当たりにしたからです。林業と炭作りに代わる手段はないものか、を模索するうちに、山間部に適した家畜はヤギだと気づきました。

 ヤギ製品の消費は沖縄・奄美諸島や長野県伊那地方などに限られていますが、普及の足かせとなっているのは、「ヤギは可愛く、雑草も平らげてくれるが、臭くて貧乏百姓の家畜」という固定観念が国民の間に染みついているからです。この誤った常識を覆していくにはどうしたら良いのか、を問い返していくうちに、ヤギ畜産の起爆剤は幼児と小学生向けの「給食」にあると気付きました。

 

 

3.源氏物語フランス・ルネサンス版

    参照 源氏物語フランス・ルネサンス版の趣旨     

      カオル篇で紫式部が当初着想していた筋書き    

            ⇒ タキシラ 大乗仏教 イエス・キリスト

 源氏物語は近代小説の先駆けをした世界的な古典として、英訳、仏訳、独訳など世界の主要言語で翻訳され、知日家や専門家には評価はされていますが、残念ながら欧米諸国など世界の一般人はその名を知っている人は存在している人がいても、フジヤマ・芸者か浮世絵の世界、中国の後宮かイスラムのハーレムの世界と混同している人が大半です。

 十一世紀の日本の王朝文化を十六世紀のフランスの王朝文化に移植することにより、紫式部が描いた世界は、普遍的な人間の愛憎、愛と罪を描いた作品であることを実証する試みで、いつかは世界の各国語に翻訳・認知されていくことを願っています。

 副産物として、一世紀前半に古代ギリシャの民主思想とインド発の原始仏教が融合したガンダーラ地方(アフガニスタン東南部とパキスタン北西部)をシリアとインドを結ぶ交易キャラバンの一員として、イエス・キリストが滞在して、影響を受けたのではないか、といった仮説が浮上しました。新約聖書のキリスト教と大乗仏教は共通の地盤で誕生したことになります。