その22.玉鬘 

      

6.ヒカル、玉鬘に消息し、田舎びぬに安心

 

「夕顔とは悲しくはかない契りだった、と長い年月思い続けていた。こうしてヴィランドリー城やシセイ城に集まっている女性たちの中に、夕顔に惹かれた頃の熱情を抱かせた者はいなかった。皆、長生きして、私の気持ちが末長く変わらずにいることを見届けてくれる人が多いのだが、夕顔は今さら言っても仕方のない死に様をしてしまった。お前しか形見として見れないのは残念なことだ。いまだに夕顔を思い忘れる時がないのだから、落とし児がこの城に来てくれるなら、宿願が叶う気がする」とヒカルはミモザに語って、早速、落とし児に手紙を送ることにしました。あの末摘花の一件では、後で後悔したことを思い出すと、はるかな遠地に沈んで成長した者の実際の有様がどうなのか不安になったので、まず返信の書きぶりを見てみたいと考えたからです。

 

 ヒカルは心をこめて、ほどよい加減で書き留め、端の方に「このように申し上げます。

(歌)貴女はご存知ないでしょうが 人に尋ねてみれば ソローニュの沼地に生える葦で作った縄の縁で 

   私とつながっていることが お分りになるでしょう

と書いてありました。きっとソローニュのサン・ヴィアトル(Saint Viâtre)村での夕顔との最後の別れを思い出したのでしょう。

 

 ミモザは自ら姫君の住まいに持参してヒカルの意向を伝え、加えて姫君用の衣裳や仕える人たちの様々な必要品も贈りました。ヒカルは紫夫人にも姫君のことを話したようです。裁縫所にすでに仕上がっていた品々を集めて、色合いや出来具合が優れている物を選びましたので、田舎びた人々の目には一塩目を見張るばかりの品々に思えました。

 ところが姫君自身は「こうしたことでも、実の父からの贈り物であったなら嬉しかったのに。どうして見知らぬ御方の所に住むようになってしまうのだろう」とそれだけが気になって、心苦しく思っています。それに気付いたミモザはそうなった経緯を説明しましたし、周りの人たちも「そうなされて、あちらへ行き、ご自分の立ち位置がしっかりしたら、内大臣の耳にも入ることでしょう。親子の縁は決して切れてしまうものではありませんから」、「ミモザは数にも入らない身分の者ですが、何とか姫君に再会したいと祈り続けたお蔭で、神や聖人のお導きを得ることができたのですよ。とにかく誰も誰もが平穏無事でありさえすれば」と皆が宥めすかして、「とにかく、ご返信を書きなさい」とせかしました。

 

「こんなに田舎じみているのに。恥かしい」と姫君と思っているようでしたが、周りの者がイタリア製の大層香ばしい紙を取り出して、返信を書かせました。 

(返歌)ものの数でもないこの身が 何の縁があって 葦が泥沼に根をはるように こんな憂いがある世に 

    生まれてきたのでしょう

とだけ、うっすらと書きました。

 筆跡はかぼそげで弱々しいのですが、上品で見苦しくはないのでヒカルは安心しました。

 

 

7.玉鬘、ヴィランドリーに移る

 

 ヒカルは姫君たちが住む場所を検討してみました。ヒカル夫妻が住む南町には空いた場所がありません。侍女や使用人たちが多く住んでいて、人の出入りも際立って頻繁です。梅壺王妃の住居となっている町は姫君のような人が住むのに適した物静かさがありましたが、「梅壺妃に仕える使用人と同列に見なされてしまうだろう」とヒカルは考えているうちに、「少し埋もれた感じだが、北東の町にある読書室を他の場所に移して住まわせたら」と思いつきました。「花散里と同じ町に住むようになるが、花散里は慎み深く、気立てもよいから、話し相手になってくれるだろう」と考えました。

 

 紫夫人には今初めて、あの夕顔との昔話を話しましたが、ヒカルが心中に秘め隠し通していたことを恨みました。「仕方ないではないか。今なお存命している人のことでも、自分から進んで話すこともないのだし。このような機会に分け隔てをせずに話す、というのは貴女のことを大切に思っているからですよ」と言い訳をしつつ、「夕顔の死がいまだに悲しい」と追憶しています。

「あれ以来、好色心は起こすまいと思いながらも、自然とそうも行かなくなって、多くの女性を見て来たが、いまだに夕顔のことが悲しく、あれほど一途に可愛く思った者は類がない、と思い出している。生きているなら、北西の町に住むお方と同列くらいには扱っていただろう。人の器量や性格はとりどりだが、夕顔は才気があって風雅な方面では劣っていたが、上品で可憐だった」と話したりします。

 すると「そう言われても、サン・ブリュー上と同列にされることはないでしょうに」と紫上は「想定した以上に優れた人」とサン・ブリュー上に対して気を掛けています。サン・ブリュー姫がとても可愛らしげに二人の会話を無心に聞いているのがいじらしく、「なるほど紫上がそう話すのも一理ある。サン・ブリュー上は良い運勢を持っているのだな」と思い返します。

 

 時節は十一月のことでした。モンペリエの人たちを移すのは、すぐにとはいきません。まず見目形が良い女童や若い侍女を物色しました。モンペリエではロワールやパリなどから落ちこぼれて来た者など相当な侍女を、縁故を伝って呼び集めて姫君に仕えさせていましたが、急に逃げ出す騒ぎの中、皆モンペリエに残して来ましたので、サンセールにはアルレットを除くと侍女がおりません。それでもロワールは言うまでもなく広い地域なので、市場で働く女性などといった者がうまく捜し出してくれましたが、仕える姫君がどなたの娘なのか、などは教えませんでした。ミモザはヴィエルゾンの自宅に姫君をこっそり移して、仕える侍女を選択し、服装も取り揃えて、十二月に入ってからヴィランドリー城に引越しさせました。

 

 ヒカルは事前に花散里に告げました。

「愛しく思っていた人が世をはかなんで、人里離れた場所に隠れ住んでいたのだが、幼な児がいた。長い間、その児を捜させていたのですが、手がかりがないまま大人になるまで過ぎてしまいました。ようやく思わぬ所から、その子を見つけ出すことができたので、こちらに引き取ることにしました。母親はすでに亡くなっています。息子の中将の世話をお頼みしたのですから、不都合はないでしょう。息子と同じように後見役をしてください。遠地の山里で育ったので、田舎びた点もあるでしょうが、しかるべく教えてやってください」と非常に細々と頼みました。

「そんな方がおられるとは本当に知りませんでした。姫君が一人しかおられなかったので、お寂しかったことでしょうから、結構なことですね」と花散里はおっとりと答えます。

「母親だった人は珍しいほど気立てが良い人でした。あなたも気が優しい方だから、安心して頼むことができる」とヒカルが言うと、「中将殿に分相応のお世話をしようと思っておりましたが、するべきことはさほど多くはなく退屈しておりますので、そのお方のお世話は嬉しいことです」と返しました。

 城内の人々は、娘とも知らずに「またしても、どんな人を拾い出したのだろう」、「紫上を古物扱いにされてしまうのではないだろうか」などと噂しあっています。

 

 姫君の一行は馬車三台で移って来ました。ミモザのおかげで一行の人たちも田舎臭くなく着込なしていますが、それ用にヒカルから絹布や何かやを贈っていたからです。

 その夜、早々にヒカルが訪ねて来ました。ベルナールの妹のカトリーヌなどは、その昔から「ヒカル・ゲンジ」という評判を聞いてはいましたが、長年モンペリエにくすぶっていたので、それほどとは思っていませんでした。間仕切りの隙間から、ほのかな灯の中のヒカルの姿をちらっと拝見してみると、その珍しいほどの様子に「恐いくらいだ」とすら感じるのでした。

 

 ミモザが姫君がいる部屋に入る戸口を開けますと、「ここに入れる人は特別な思いをしている者だけだろうな」とヒカルが笑います。控えの間に置かれた椅子に座って「この薄暗い灯を見ていると、恋人に逢うような心地がする。『親の顔は見たいもの』と聞いています。そうは思いませんか」と衝立を少し押しやりました。姫君が言いようもなく恥かしげで、横を向いている様子がとても感じがよいので、ヒカルは嬉しくなりました。

「もう少し灯を強くしてくれ。このままでは慎み深すぎる」と命じるので、ミモザは灯を強くして姫君の近くに寄せました。「もっと馴れ馴れしくしたら」と少し笑いますが、確かに母親を思い出させる目元が勝れていました。ヒカルは他人行儀な言い方はせずに、ひどく父親ぶって「長い間、居場所が分からずにいましたが、気にならない折りもなく心配していました。こうやってお目にかかるのが夢のような気がします。過ぎてしまった、あなたの母上のことを思い出すと、堪え難くなってすらすらと話すこともできません」と目をぬぐいます。夕顔と死に別れた場面を悲しく思い出しています。

 

 ヒカルは姫君の年齢を数えてみて、「親子の仲で、こんなに長い間会えずにいた、というのは例がないでしょう。辛い宿世でしたね。今はもう大人になられて、少女のように初々しく振舞う歳でもありませんよ。積もる年月の話しを語り合いたいのに、どうしてはにかんでばかりいるのです」と恨みますと、姫君は何と言ったらよいか恥かしく、「足も覚束ない歳でオクシタニーに埋もれてしまった後は、何においても生きているのか死んでいるのか、分からない状態でした」と小声で話す声は夕顔の声に似た若々しさでした。

 ヒカルは微笑みながら「埋もれていた貴女を、私を除くと誰が今、可哀想と手をさしのべるでしょうか」と言いつつ、「応対の仕方も不甲斐ないものでなかった」と感じました。ミモザになすべきことを命じて部屋から出て行きました。

 

 見苦しくない人柄が嬉しくなって、ヒカルは紫上にも報告しました。「遠地で歳月を過したので、気の毒に思えるほどみすぼらしくなっていた」と低く見つもっていたが、逆にこちらが気恥ずかしくなるほどに見えましたよ。『この城にこんな娘がいる』と是非とも世間に知らせて、弟の兵部卿などが好意を寄せてここに通って来るようにかき乱してみよう。女好きの者たちが真面目腐った顔つきでしか、この城にやって来なかったのは、この邸に煩悩の火種がなかったからです。そのうち黙ってはいられなくなっていく男たちを見較べていこう」と話すので、紫上は「何という親なんでしょう。真っ先に男心をかきたてさせよう、と考えるなんて、けしからぬことですよ」と注意します。

「確かにそうだろうね。今の私の気持ちからすると、貴女こそ私の娘として扱ってみたかった。そこまで考えが及ばないまま、妻にしてしまいましたよ」と笑うと、紫上が顔を赤らめてしまうのがとても若々しく美しく見えます。

 ヒカルはインク壺を引き寄せて、メモ書きのように詠みました。

(歌)夕顔をずっと恋い続ける私の身は 今も昔も変わりはないが 夕顔の娘の玉鬘がどんな縁で ここに来たのだろうか

「奇縁なことだ」と独り言を言っています。事情を知らない紫上は「本当に深く愛した女性の忘れ形見なのだろう」と感じているようです。

 

 ヒカルは息子の中将にも「こうした娘を捜し出したので、そのつもりで仲良くしなさい」と告げましたので、中将はすぐに挨拶に行きました。

「数にも入らぬ、つまらない弟ですが、何かご用がありましたら、声をかけてください。こちらにお移りになった際に手伝いにも伺いませんで」と非常に実直に語りかけましたが、内情を承知している者は歯がゆい思いでいます。

「モンペリエの邸はそれなりに数奇を凝らした住まいだったが、ここに較べてみると、何とまあ、田舎びていたことか」とロゼットたちは思い較べています。住まいのしつらえを始め、当世風な品もよく、親兄弟として睦びあっている人々の様子や風采が目がくらむほどなので、あのアルレットも今になってモンペリエの地方長官を軽んじるようになっています。ましてあのサミュエルの鼻息が荒い仕草を思い出すと、「容易ならないことだったのだ」と思い返します。

 

 それにつけても、ベルナールの心構えの有り難さに姫君も感謝し、ミモザも同意していますので、ミモザはベルナールの処遇をヒカルに願い出ました。「通り一遍の扱いではいけないだろう」とヒカルは専任の職員を決め、するべき規則を課し、ベルナールも職員に採用しました。ベルナールはすっかり沈み込んでいた気分が名残りなく消え失せ、「仮りにも立ち入る縁もないと思っていた太政大臣の城内に朝夕、出入りして使用人を従えて執務をするようになるとは、非常に面目なことだ」と感じ入っています。太政大臣の気配りの細やかさが有り難く、何ともかたじけないことでした。

 

 

8.クリスマスの衣裳配りと、末摘花の歌と歌論

 

 年末のクリスマスが近づいて、城内の飾りつけや女性たちの衣裳などでも、ヒカルは玉鬘を高貴な女性たちと同列に扱いました。本人に風趣があったとしても、「やはり田舎じみているのではないか」など、田舎育ちであることを軽く見て、それまでは既存の衣裳をあてがっていました。

 衣服商人たちが技巧をつくした織物を我も我もと納入してきた物の中から、上着やドレス向けの様々な色柄を見ながら、「随分とあれこれあるものだね。女性たちの恨み合いがないように選別してあげなさい」とヒカルは紫上に頼みましたので、紫上は城内の裁縫所で仕立てさせたものは、皆持ってこさせました。

 

 紫上はこうした方面でも矢張り長けていて、珍しい色合いやぼかしを染付けさせますので、「有り難いことだ」とヒカルは感謝します。あちこちの作業所から取り寄せた光沢のあるビロードやサテンの布を見比べながら、濃い目や赤目のものを次々に選んで、櫃や衣裳箱などに納めさせます。年配の上級侍女たちが担当して、「これは」、「あれは」などとヒカルに指示されながら揃えていきます。紫上もそれを見ながら「どれもよく出来ていて、優劣がつきません。実際に着られる御方の体型や顔立ちを考慮しながら、差し上げたらよいでしょう。着る服が本人の容貌と似合わないと見苦しくなりますからね」と助言しますと、太政大臣は笑って、「何げなさそうにしながら、私が選んだ色柄から、相手の女性の容姿を推察するつもりだね。ところで貴女自身はどれが似合っていると思います」と聞くと、「それは鏡で見ただけでは分かりかねません」とさすがに恥かしそうにしています。

 

 紫上には「紅梅の刺繍を浮かした薄い紫色のロングドレスと今風の斬新なベスト」、サン・ブリュー姫には「桜色の細長ドレスと明るめの赤い肌着」、花散里には「薄い藍染めのなまめいた織物に魚貝の刺繍をほどかしながら、あまり花やかでもないドレスと大層濃い紅色の肌着」、玉鬘には「黄金色の細長ドレスと鮮やかな赤色のベスト」をヒカルは選びましたが、紫上は見ぬふりをしながら、それぞれの女性を思い合わせています。

 

「内大臣は花やかで、実に清らしく見えながら、艶っぽさが混じっていない点が娘の玉鬘に似ている」とヒカルが推し量っていると、事情を知らない紫上はその様子を見ながら、顔色には出しませんが、ただならない顔つきをしています。

「こうやって各人の器量を思い浮かべながら選んだとしても、受け取った者が腹をたててしまいかねない。良いと思っても色合いには限りがあるし、器量が劣るといってもどこかに良いところもあるからね」と言いながら、末摘花には「青々とした柳色に由緒ある蔓草模様を乱れ織りしたドレス」を選びましたが、見直してみるとひどく艶めいた感じなので、思わず微笑んでしまいました。サン・ブリュー上には「梅の折れ枝に蝶や鳥が飛び交う刺繍を浮かべた、イタリア風の白いロングドレスと濃い紅のつややかなベスト」を選びましたが、紫上はサン・ブリュー上の人柄の気高さを思いやってか、妬ましそうに見やっています。修道女の空蝉には「気立てがよさそうな青鈍色のドレス」を見つけて、それに作業所で作った「薄黄色の上着」を添えました。

 

 ヒカルは女性たち皆が贈った衣裳を陰暦の正月に同時に着るように知らせました。贈った衣装がそれぞれ似合っているかを見てみたかったのが本心だったからです。

 各人は各々丁寧な返礼を書き、使いの者に心が籠もった思い思いの心づけの品をあげました。末摘花は離れたシセイ城に住んでいるのですから、もう少し気がきいた品を用意すべきでしたが、旧来のしきたりを重んじる性格でしたから、重ね着をする衣裳も添えずに「袖口がひどく煤けた黄金色のドレス」を使いの者に渡しただけでした。末摘花の返礼文は大層香ばしいものの、少し年代が経って黄ばんだ厚手の白い紙に書いてありました。

「どういたしましょう。結構なものをいただきましたが、かえって困ってしまいます。

(歌)着てみると 姿を見せてくれない貴方が恨めしくなります 涙で袖を濡らした上で お返しいたしましょう

と相も変らぬ古風な手法で詠んでいました。

 

 ヒカルは末摘花の返信を微笑みながらしきりに眺めていて、すぐには手離しませんので、紫上は「何事だろうか」を覗いてみました。末摘花が使いの者に渡した心づけを「こんな品を与えるとはひどい」と感じてヒカルの機嫌が悪そうだったので、使いの者はその場からこっそりと抜け出しました。侍女たちも各人、「ひどい心づけですね」と囁きながら笑っています。「こんなように無闇に古めかしくまずい物を賢そうに差し出すとは」とヒカルも持てあまし気味でした。

 

「いずれにせよ、何とも困った人です。古式の詩人は『イタリア風の衣裳』、『袂が濡れる』といった常用句から離れません。私もその列に入るかもしれないが、一つの手法に凝り固まって、当世風の新しい表現に影響を受けないことは悔まれる点だ。王宮の詩会などでも、格式がある詩人の中には、『人との付き合い』という語句に『惑う』という三文字を離すことがない。恋愛中の者が詠む詩では『移り気な者』という語句を三句目に挟むと、うまく後に続くと思っているような者がいる」などと言ってヒカルは笑います。

「色々なメモ帳や概説書を集めて読み尽くし、そこから語句を取り出して詠んでいると、その習慣がついてしまう。以前、末摘花の父のコンピエーニュ卿が官製の薄墨色の紙に書き残したメモ帳を『ご覧になって下さい』と渡されたことがある。詩歌の奥義がびっしり、避けるべき点も多く書かれていたが、私など元々詩歌を詠む才分が少ないし、読んでみたところで上達する見込みはないのだから返却してしまった。しかし末摘花が詠む歌は精通者ぶっているくせに月並みだな」とおかしく思っているようです。

 

 それを聞いていた紫上は末摘花が可哀想に感じたのか、「どうして返してしまいましたの。書き写してサン・ブリュー姫に見せて上げたのに。手許にある関連書は皆、虫に食われてしまいましたのに。概説書でも読まないと、拙い私たちには心得が足りないのですから」と真顔で言い返しました。

「そんなものは姫君の学習には必要ありませんよ。女性が好きなもの一つに熱中してしまうのは、体裁が良いものではありません。勿論、何事でも門外漢でいるのは感心しませんが、ふわふわせずに信念をしっかり持ちながら、穏やかに振舞うのが無難というものです」などとヒカルは言って、末摘花に返信する積もりがなさそうなのを見て、紫上は「お返しいたしましょうとおっしゃっているのですから、返信されないのは見苦しいことになりますよ」と促しました。

 

 情け心は捨ててはいけない気持ちになったのか、ヒカルは返信を書きましたが、ひどくあっさりしたものでした。

(返歌)私が差し上げた衣裳を お返ししますと言われるにつけても 独り寝の貴女を思いやります

ごもっともなことで」と書いてありました。

 

 

 

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