その4竹河      (カオル 14歳~21

 

5.ソフィー貴婦人に御子誕生、アンジェリク貴婦人と疎遠に   (カオル 16歳~17歳)

 翌年の新年には役人たちが流行り歌を歌いながら、王城や貴人たちの邸を新年の挨拶で廻って行く儀式がありました。その頃は王宮に勤める若い人たちの中にも、芸達者な者が多い頃でした。その中でも勝れた者が選ばれて、官位四位の中将カオルが歌の音頭をとる役を任されました。あの蔵人少将フレデリクも楽人の中に入っていました。

 十四日目の月が明るく曇りもなく、一行はフォンテーヌブロー城に入りましたが、アンジェリクとソフィーの二人の貴婦人も席を設けて見物しましたし、高官や王族たちも連れ立って参列したものの、夕霧右大臣と故アントワン太政大臣の二つの一族を除くと、端正で美しい者は皆無なように見えます。

 

 一行は王宮の安梨王の面前よりも、冷泉院での方が気恥ずかしく晴れがましく思って、皆、細心な準備をして演奏しましたが、その中でもフレデリクは「ソフィーも見物しているのだろう」と思いやると落ち着きません。帽子につける、さして色香もなく見苦しい造花も、かざす人によって違って見え、容姿も声も実に興味深いものでした。

 フレデリクは「竹河」を謡いながら階段に歩み寄る際に、去年の正月に玉鬘邸で「竹河」を謡った夜のちょっとした遊びを思い出したので、舞いそこないもしかねないほど涙ぐみました。続いて秋好妃の住まいに向かうと、冷泉院もやって来て見物しました。夜が更けるにつれて、月は昼よりも鮮やかに澄み渡って行く中、フレデリクは「自分のことをソフィーはどのように見ているのだろう」とのことだけが気になっていて、足も上の空でふらふらと歩いています。饗応で差し出される盃も、自分だけに強いられている気がして、きまりが悪い思いでした。

 

 一行は夜通し、あちらこちらを訪ね回ったので、皆疲れ切ってぐったりと寝入ってしまいましたが、カオルは冷泉院から呼び出されてしまい、「ああ苦しい。しばらくの間は休んでいたいのに」とぶつぶつ不平をこぼしながら、冷泉院の間に行きました。

 冷泉院はカオルに王宮の様子などを尋ねましたが、「音頭役は通例では年配者が務めるものだが、それに選ばれたのは大したものだね」と「可愛い者だ」と感じているようです。冷泉院は「万春楽の譜を口ずさみながら、ソフィーの間に渡って行くので、カオルもお供をしていくと、昨夜の新年の挨拶の儀式の見物で訪れていた玉鬘邸の人たちが多くいて、いつもより花やかで賑やかな気配でした。

 カオルはしばらくの間、渡り廊下の戸口に座って、声を聞き知っている侍女たちと話などをしました。

「昨夜の月はあまりに明る過ぎたね。フレデリクが月の光りを眩しそうにしていた様子は、見物されているソフィー貴婦人に対して、気恥ずかしかったからではないだろうか。王宮にいた時はそんな風には見えなかったからね」などとカオルが話すのを、侍女たちの中には「気の毒なフレデリクさん」と感じながら聞いている者もいました。

(歌)春の夜の闇は 理屈には合わないものだ 梅の花の色は見えないのに 香りは隠れていない といったように、月光に照らされた貴方のお姿は。どなたよりも立派ですね、と噂し合っておりました」などとカオルをおだてる侍女たちの中には、内カーテンの中からこんな歌を詠む者もいました。

(歌)「竹河」を謡われた あの夜のことを思い出しになったでしょうか 

   もっとも思い出の種になるような出来事はありませんが

 何でもないような歌でしたが、カオルが涙ぐんでしまったのは、「確かにさして浅いとは思えなかったソフィーへの恋心だった」と自覚したからでしょう。

(歌)あの時 「竹河」を謡って当てにしていたのに 期待も空しく流れ去ってしまい 

   世の中は憂慮するものと思い知った

 

 カオルのしんみりした様子を侍女たちはおかしがりました。それというのも、カオルはフレデリクのように騒ぎ立てることをしなかったものの、さすがに失恋した心中の苦しみを感じさせたからでした。「少し余計なことまで話してしまった。では失礼」とカオルが立ち去ろうとすると、「こちらに」と冷泉院から呼び出されたので、間が悪い気持ちをしながら近くに行きました。

「夕霧右大臣が『以前、ヴィランドリー城で新年の儀式が行われた朝に、婦人方だけの音楽の遊びがあったのが楽しかった』と話したことがあるが、今は何においてもその当時の風趣を継いでくれるような人はめったにいなくなってしまった」などと冷泉院は当時を思いやりながら、楽器を用意させました。

 

 エピネットはソフィー貴婦人、リュートはカオル、自身はフランス型ハープを担当して、流行り歌「この殿」などを演奏しました。「ソフィーのエピネットはまだ未熟なところがある、と聞いていたが、院は短い期間でよく教え込んだものだ。現代風な指音が良く、歌ものでも曲ものでも上手にうまく弾いている。何事も気掛かりになってしまう点や人より劣ったところもない人物なのだろう。容姿もさぞかし美しいことだろう」とカオルはなおもソフィーのことが気になってしまいました。

 カオルはソフィーと接触する機会が多くなって、自然と親しくなって行き、馴れ馴れしく話すようにもなりました。もちろん、ぶしつけに恨み言を言ったりはしませんが、何かにつけソフィーに失恋した無念を匂わすこともありました。ソフィーがどう思ったのかは分かりませんが。

 

 五月に玉鬘邸で第二王女が生まれました。特別な華やかな出来事ではないようですが、冷泉院の気持ちを察して、夕霧大臣を筆頭に産養いの祝いを届ける人が多くいました。赤児は玉鬘がずっと抱きながら可愛がっていましたが、早く城に戻って来るようにとの冷泉院からの催促があるので、生後五十日の頃に城に戻りました。冷泉院にとって子供はジゼル王女の一人だけだったので、とても珍しく可愛いので、この上もない喜びようで、一層ソフィーの部屋ばかりにいるようになりました。

 アンジェリク付きの侍女たちは「こんなことになる世の中なんて」とただ事ではないように感じ、言い合っています。叔母のアンジェリクと姪のソフィーの本人同士の胸中は特に軽々しい仲違いはないものの、仕えている侍女たちの中には、ひねくれた面倒を引き起こす者も出て来ました。何と言ってもソフィーの長兄であるコリニー中将が忠告した通りになってしまったので、玉鬘は「こんなように無闇に言い争っていると、しまいにはどうなってしまうことなのだろう。人からも物笑いにされ、体裁の悪いことを言われるようになってしまう。院のソフィーへの愛情は浅くはないだろうが、何年も前から貴婦人として付き添ってきた婦人達から不快に思われて見限られてしまったら、ソフィーの立場も苦しいものになってしまう」と案じました。

 

「安梨王も『面白くない』と機嫌をそこねて、再々そんな不満を漏らしておられる」と告げ口をする人もいるので、玉鬘は煩わしくなって、「次女ドロテーは王宮の官職につかせることにしよう」と考えて、自分の女官長の席を譲ることにしました。女官長を辞任することはずっと以前から思い立っていたのですが、王宮での重職である女官長の席を勝手に譲ることは難しいことでした。しかし安梨王は亡きヒゲ黒大臣の甥であったことから、昔の事例を引き合いに出して、ヒゲ黒の娘を新女官長に任命することに同意しました。ドロテーがこうなる運命であったからこそ、玉鬘の辞任の申し入れをこれまで拒んで来た、とも見えます。

「こうやってドロテーは王宮住みを気楽に出来るだろう」と玉鬘は安心しました。

「それとしても、フレデリクの母親の雲井雁がわざわざソフィーとのことを申し入れて来た際に、代わりにドロテーでは、とほのめかしたこともあるので、女官長になるとの話を聞いて、どう思われていることだろう」と気になりました。そこで次男の辨の君フェルナンを使いにして、誤解がないような手紙を届けました。

 

「王宮からドロテーを女官長に、との仰せがあるのですが、『姉妹二人して、晴れがましい場での交じらいを好んでいる』と世間から聞き耳を立てられてしまったら、どうしようか、と困っております」と書くと、夕霧から返信が来ました。

「安梨王のご機嫌が悪いのももっともなことだと聞いております。女官長という公職であったとしても、王宮勤めに出さないのは間違っております。すぐにでも決心された方が良いでしょう」。

 そこで、今回はサン・ブリュー王妃の内意を得てから、ドロテーを王宮に上げましたが、「ヒゲ黒大臣が健在だったなら、人から押しつぶされるようなこともなかっただろうに」と玉鬘は何につけても悲しくなりました。

「姉のソフィーは顔立ちや容貌の評判が高いと聞いていたのに、姉に引き代わって妹が女官長として中途半端に上がって来た」と安梨王は不満のようでしたが、才が長けたドロテーは奥床しく振る舞って仕えました。

 

 女官長を譲った玉鬘は「修道女に姿を変えよう」と決意していましたが、息子たちが「しばらくは二人の世話をするのに忙しく、勤行をするにしても慌ただしいことになってしまいますよ。今少し辛抱されて、双方とも落ち着いたことを見届けたなら、もどかしい気持ちもなしに勤業に専念できますよ」と諭すので、修道女への道は思いためらいました。

 ルーブル宮には時々こっそり尋ねることはありましたが、冷泉院があの厄介な心持を今なお絶やしていないので、必要と思われる折りにもフォンテーヌブロー城には出向かないでいます。

「昔のことを思い出すと、さすがに申し訳ないと考えて、そのお詫びにと、周りの皆が反対していても知らんふりを貫きぬいて、ソフィーを院に上げたのだ。冗談にしても、自分までが年がいもなく浮ついた噂を立てられてしまったなら、とても恥ずかしく見苦しいことになる」と思っていました。

 それでも「そうした事情があるから」とすらソフィーには打ち明けないので、「昔から、亡き父は私のことを取り分け大事にしてくれたのに、母は桜の争いのようなちょっとした折りでも、妹の肩を持っていた。その名残りもあって、私のことには配慮をしてくれないのだ」と恨めしく思っていました。冷泉院も同様に、ソフィー以上に玉鬘を「ひどくつれない人だ」と思って、口にもしていました。「私のような年寄りに貴女を託したまま放り出してしまい、貴女を軽く思っているだけだな」と語り合いながら、ソフィーを不憫に思って、ますます寵愛しました。

 

 その翌年、ソフィーが王子を生みました。院に仕えて来た多くの貴婦人たちには、こうしたことが起きないまま長い年月が過ぎていたのに、「これはよくよく深い契りがあったからなのだろう」と世間の人は驚きました。まして冷泉院は「この上なくめでたいことだ」と、この王子を溺愛しました。王位にいた時であったなら、どんなにか意義があったことでしょうか。冷泉院も、「今は何事においても張り合いがない日々になっているので、誠に残念なことだ」と思っていました。これまでは唯一の子である第一王女ジゼルをこの上なく大切に思っていたのに、こうやって第二王女エルザと第一王子セザールと可愛い二人が増えたのは思いがけないことなので、ソフィーと二人の子供を特別扱いするようになりました。

 アンジェリク貴婦人も「ここまで珍重されるのはあんまりだ」と嫉妬しました。何かにつけて穏やかではなくなって、行き違いが生じるようになり、自然とアンジェリクとソフィーの間柄も隔たりが出来てしまいました。世の中の常として、取るに足らない普通の人たちの人間関係でも、元からの筋が通った側の立場に味方をするものですから、城内の上級・下級の人々も、長年の間、貴い地位にいるアンジェリク貴婦人の方に道理があるように考えて、ちょっとしたことでもソフィー貴婦人の方が悪いように見なすようになって行きました。

「だからこそ、私たちの忠告は間違ってはいなかった」と兄のコリニーやフェルマンは母親をますます責めました。玉鬘も心穏やかでもいられず、聞き苦しいままに「世の中には、こうした心配もなしに、気楽に無難に暮らしている人も多くいるのに。よほどの幸運を持っている者でない限り、王室仕えなど思い寄るものではない」と嘆いていました。

 

 

6.ソフィーを懸想した人々の昇進と、玉鬘の後悔       (カオル 21歳)

 それから四年ほどが経過すると、ソフィーに言い寄った男たちの中で無難に昇進して、あの時に婿に迎えていたとしても、不似合いでなくもない者が多くいました。そうした男たちの中でゲンジの侍従と呼ばれ、まだいたって若くきゃしゃに見えたカオルは宰相中将に昇進して、「匂うよ、薫るよ」と聞き苦しいほど、もてはやされています。確かに今では人柄も落ち着いた心憎い若者になっていたので、高貴な王族や重々しい大臣たちは、娘との縁談を望んで申し込んで来ますが、「カオルが聞き入れない」との噂を聞くにつけ、「あの頃はまだ若く、心もとない様子だったが、立派な大人に成長されたのだ」と玉鬘は話していました。

 

 少将だったフレデリクも官位四位の中将となって、評判も悪くありません。意地悪な侍女などは「フレデリク様の容姿はあの時分から、申し分なかったのに」と陰口を叩いたり、こっそりと「ソフィー様の面倒の多い今の有様を思うと」などと言う者もいるので、玉鬘が気の毒に見えました。フレデリク中将は今もなおソフィーへの思い詰めた気持ちを断ち切れずにいて、憂いも辛さも感じながら某左大臣の娘と結婚しましたが、大して心が惹かれていません。(歌)東の道の果てにいるという 縁結びの聖者に ご縁があるなら逢いたいものだ と無駄書きにも口癖にもしているのは、どう思ってのことなのでしょう。

 ソフィー貴婦人は気苦労の多い人間関係の難しさから、実家に戻りがちになっていました。母の玉鬘は想定したようには進んでいない有様を残念に思っていました。王宮に上がったドロテーは逆に花やかに気楽に振る舞っていて、周囲からも風趣があり聡明だ、との評判も得ていました。

 

 ロラン大将がローマ教皇救出に向けイタリアに進軍して、帝国との第六次戦役が始まった矢先に左大臣が亡くなり、夕霧が右大臣から左大臣に、ロラン大納言が左大将兼任の右大臣となり、世間は二人のライバル関係がますます高まったことに注目しています。他の人々も次々に昇進して、二十一歳のカオルは中将から中納言に、官位四位のフレデリク中将は宰相(参議)への昇格が決まりました。昇進の幸運を得た人々はヒカルかアントワンのどちらかの一族で、二つの系統より他にはいない時代になったように見えます。

 

 中納言への昇進を喜ぶカオルは玉鬘邸に挨拶に出掛けて、前庭で一礼しました。対面した玉鬘は「こんな粗末な邸の門を素通りなさらないお心遣いを思いますと、真っ先にヒカル様がおられた昔を思い出してしまいます」と話しました。その声には上品な愛嬌さがあって、耳に快く響く華やかさがありました。

「相変わらず老けもせずに若さを保っておられる。こんな風だから、冷泉院が玉鬘を恨んでしまう気持ちが褪せないのだ。そのうち、ひょんなことから騒動が起きてしまうかもしれない」とカオルは感じました。「昇進した喜びなどはさほど感じてはおりませんが、とにかくまずはご報告にと参った次第です。『素通りもしないで』などとおっしゃるのはご無沙汰がちなことを皮肉ってのことでしょうか」と話しました。

 

「お祝いをしなければいけない今日、歳をとってしまった自分の心配ごとなどを聞いていただく場合ではないと、気が咎めますが、わざわざお立ち寄りくださるのは難しいことでもあるので、くどくではありませんが、話しを聞いていただく次第です。

冷泉院に上がったソフィーですが、ひどく苦しい立場に置かれてしまって、どうしたら良いものか、煩悶しています。叔母のアンジェリク貴婦人を頼りにして、秋好妃も『それはそれとして』と寛大に見て下さると思い込んでおりましたが、どちら様にも礼儀知らずで、許されない闖入者だと思われているようです。とても困ったことです。

そこで第二王女エルザと若君セザールは城に残して、婦人方との付き合いに苦労している本人は『せめて実家で気楽に静養をしたら』と帰らせたのですが、聞き辛い噂が立ってしまっています。院もご機嫌が穏やかでないように話されているようです。何かの機会がありましたら、こちらの事情をそれとなく院にほのめかしていただけませんか。ソフィーを院に上げた当座は、どちらも親切に接してくれると思い込んでいたのですが、今になってこうした行き違いが出来てしまったので、身の程も知らない自分の子供じみた思いを後悔しています」と打ち明けました。

 

「何もそこまで案じることもありませんよ。昔から、こうした奉公に苦労が絶えないのは言うまでもないことだと言われています。冷泉院は王位を譲ってからは静かに暮らしておりまして、何においても派手な様子もなく、婦人方の誰とも睦まじくされているようです。それでも婦人方それぞれは、内心では負けまいと思っていることもなきにしもあらずでしょう。はたから見ると咎めることもないといったことでも、本人にとっては恨めしく感じることもあります。つまらないことでも動揺してしまうのがアンジェリク貴婦人や秋好后のいつもの癖なのですから、その程度のいざこざも起こるだろうと覚悟して院に上げられたことでしょうから、ここは穏便に考えて様子を見守っていれば良いのです。男の私から院に意見を述べることもありますまい」とカオルの返答はそっけないものでした。

「貴方とお会いできる機会があったら、ついでにこちらの悩みを聞いていただこうと、心待ちにしていたのに、その甲斐もなくあっさりと片付けてしまいますね」と玉鬘は苦笑してしまいました。

そんな玉鬘を見ながらカオルは「人の母親としてしっかりと切り盛りをしているのに、まだまだ若やいだおおらかさを感じさせる。きっとソフィーもこんなふうな人なのだろう。コンフラン(Conflant SteHonorine)の第八卿の長女ジュヌヴィエーヴに心が引かれてしまうのも、こうした気配に興味が惹かれるからなのだろう」と感じていました。

 

 その頃、妹のドロテー女官長も王宮から戻っていました。二人がそれぞれの自室にいる気配がカオルには興味深く、大方は物静かで気が紛れるようなこともない様子ですが、きっと内カーテンの内側から自分を観察しているのではないか、といった心地がするので、カオルは落ち着き払って取り澄ましています。その様子を見ながら、玉鬘は「カオルをドロテーの婿にすることが出来たら」と思っていました。

 新右大臣になったロランの城はムードンにありました。ロランは右大臣就任の饗宴開催に向け、急遽、遠征先からムードン城に戻りました。饗宴には相伴役として多くの人が集まりました。ニオイ兵部卿が夕霧左大臣の還饗や格闘技の饗応などに出席したことを念頭に、ロランは「本日の饗宴に光りを添えてもらおう」と招待しましたが、出席はしませんでした。ロランは上品に美しく育てた次女エステルをどうにかしてニオイ卿に嫁がせたいと望んでいるようですが、肝心のニオイ卿は気にも留めていないようです。その一方で饗宴に出席したカオル中納言が理想的と言える大人になり、何事にも引けを取らない人物になっているので、ロラン大臣も夫人の真木柱も眼を止めていました。

 

 ムードン城での行き違う馬車の音、御者の声々といった騒ぎを聞いた玉鬘は夫が在世中のことを思い出して寂しい思いでした。

「蛍兵部卿が他界して間もなく、ロラン大臣が真木柱の許に通い出したことを、世間の人はあまりに軽率だと非難したものの、ロランの愛情は薄れずに右大臣にまで昇進して、ああした仲良くしているのは、それはそれとして、さすがに見苦しいことではなくなっている。本当に世の中は定めがないものだ。ソフィーはどういった姿勢を取るべきなのだろう」と呟いていました。

 

 夕霧左大臣の四男、宰相中将に昇進したフレデリクがロラン邸での饗宴があった翌日の夕刻、玉鬘邸を訪ねて来ました。ソフィーが実家に戻っていることを思いやってか、ひとしお緊張しています。「官位が上がった喜びなどは特に何とも感じてはありません。それよりも私の願ったことが叶わなかった嘆きが、年月が過ぎても晴らしようがありません」と涙を押し拭っているのがわざとめいています。二十六か七の年齢で、今が男盛りの容姿でした。

 フレデリクが帰った後、「何て見苦しい人なのだろう。世の中は自分の思いのままになるとのぼせ上がって、官位については何とも気にはしていないようだ。夫が存命していたなら、自分の息子たちも、こうした浮ついた恋愛事にうつつを抜かしていただけだろうに」と玉鬘は涙を流しました。と言うのは、官位では共に四位の右兵衛督コリニーと右大辨フェルナンとも、まだ王室会議に出席できない非参議のままなのを、「困ったことだ」と思っていたからです。侍従だった三男セバスチャンは官位四位の頭中将になっていました。年齢からすると、みっともないほどではないものの、「人より遅れている」と玉鬘は嘆いていました。同じ中将でも王室会議に出席できる宰相(参議)の方が都合が良いからです。

 

 

       著作権© 広畠輝治Teruji Hirohata