日本列島のヤギ畜産振興に向けた私の仕事

 

1.きっかけは日本列島の過疎化の深刻さを肌で実感したこと

 

 

 私が、過疎化が深刻化する日本列島の里山再生の切り札の一つとして、ヤギ畜産業の発展がある、という思いに至ったのは、「邪馬台国吉備説 神話編」の取材旅行で、九州から関東地方まで、古い神社さんや遺跡めぐりを行った時でした。

 本数が少ない鉄道やバスの交通機関の足を時刻表とにらめっこをしながら探して、スケジュールを組んでいきましたが、この旅行を通して日本の過疎化の深刻さを肌で感じました。

 ことにイザナミを祀る比婆山神社がある広島県北部の庄内市西城町を訪れた時でした。 

      

 ※ 以下は「邪馬台国吉備説 神話編」(P.232P.234)からの引用です。

「過疎化が進んで、西城町の人口は20年前の二万人から半分になってしまった」と運転手さんがため息をつく。太平洋岸の都市部に人口が集中していくなかで、日本列島中央部の山岳部の過疎化と空洞化が急速に進んでいることを実感する。水源地である山が荒れれば、河口の海も荒れる。三次行きの列車を待つ間に地元の識者らしい年配の方と話す。「過疎化を食い止めようと努力をしてきたが、即効薬はない。比婆山スキー場も中国自動車道ができてから、鳥取県の大山にスキー客を取られてしまった。寒暖差が激しい土地柄から米は越後のコシヒカリより美味いが水田の減少は止められない。耕牛用で発展した比婆山牛も農家の減少で将来性がない。何もやっても打つ手がない」。

 日本列島の縦軸の大動脈である山岳地帯の過疎化を食い止めるにはどうしたら良いかを車中で思案する。 (中略) 乳が最も母乳に近い山羊の畜産を見直してもよい。臭みが嫌われるが山羊チーズも慣れればおいしいし、山羊肉はインドカレーと相性がよい。

        

 こうした視点で旅を続けながら、沿線の風景を眺めているうちに、牛や羊が好む牧草はアルカリ性の土壌にしか生えませんが、山岳部の足元に酸性の土壌で生える雑草を食べる山羊の膨大な餌が眠っていることに気付きました。「日本は何と無駄なことをしてきた」、「すごくもったいないことをしている」との思いがつのりました。輸送業と冷蔵技術の発達により、山国でも新鮮な鮮魚を食べることができるようになりましたが、それはマグロやウナギの食べすぎ、捕りすぎにつながり、魚類資源の涸渇化が世界的な課題となっています。高温多湿の環境で育つ雑草を枯らす除草剤を散布して河川を汚染させています。猪や熊の市街地への出没騒動も、自然界と人間社会界との境界を区切る里山の崩壊によります。そこで思いついたのが、大量消費社会での産業ベースに乗らせこともができる、里山でのヤギ畜産の発展でした。

 

 もちろん、単純に雑草を食べさせれば良い、という話で解決するほど容易ではなく、雨が多い日本列島では湿度に弱いヤギの畜産は難しく、山羊乳の搾乳は春先から秋に限られることなどは承知していますが、消費者の関心と消費量が高まり、産業価値が高まれば、こうした諸問題も克服されていきます。

 

 

2.地中海諸国とフランスのヤギ畜産

 

 私が住むフランスはヤギ酪農とヤギ乳製品の世界のリーダー国の一つです。ことに近年は、ヤギ畜産が見直され、生産量も消費量も上昇中です。

 地中海諸国では、先史時代から山羊の家畜化と山羊肉の消費、山羊チーズの製造が始まっており、古代ギリシャの吟遊詩人ホメロスが描いた「オデュセイア」と「イーリアス」にも山羊チーズが登場しています。古代ローマ軍も遠征に山羊チーズを携帯していました。

 フランスでは中世になって山羊畜産が全土に拡がり、山羊チーズは英仏百年戦争など度重なる戦争の中を生き延びる、貴重な資源となりました。1789年のフランス革命の後、飼育家畜の保有が農民達にも許されるようになり、山羊畜産が盛んとなって各地特産の山羊チーズが誕生していきます。蒸気機関車の登場で19世紀から山羊チーズの商圏が拡大します。

 

 特筆されることは、1970年代に健康に良い自然食品として見直され、山羊乳や山羊チーズは、祝祭日のごちそうから、一般家庭の日常生活の必需食品として定着したことです。現在では、フランス国内の世帯の八割が山羊チーズを消費し、一世帯あたりで年間2キログラムの山羊チーズを食しています。山羊乳の生産量は2012年で年間6500万リットル(1キログラムの山羊チーズ作りに6.5リットルの山羊乳が必要)、山羊チーズの生産量は2012年で11万トンで世界第一位となっています。最低一頭以上を飼育する農家は1600戸、専業飼育者は7,600戸(か所)、飼育頭数は2013年で1255,000頭を数えています。

   (注)データは仏国立飼育連盟CNEConfédération Nationale de l'Elvage)のHPから出典。

 

 極論してしまうと、「山羊乳製品を知らずして、フランス・グルメやフランス料理を語ることなかれ」と言って過言ではありません。主要産地の一つは「ロワールのヒカル・ゲンジ」の主要舞台となるロワール地方南部ですので、「ロワールのヒカル・ゲンジ」でも山羊乳や山羊チーズを登場させていきます。

 

 

3.日本列島での現状

 

 日本では第二次世界大戦後の食糧不足の中で、零細農家の救済策として山羊飼育が紹介され、1952年には飼育数は67万頭を数えました。しかし大半は農家の自給用とされ、「山羊臭さは貧乏農家の代名詞」、「山羊乳を飲んで育ったことを口外するのは恥」という風潮がはびこったこともあり、2008年には飼育数は15,000頭に減少し、全国での山羊飼育戸数(か所)は百に満たない状況です。

 

 目下のところ、山羊肉は沖縄地方以外では、ヤギはほとんど消費されていません。沖縄では生のヤギ刺し、ヤギ汁、ヤギじゅーしー(お粥)などヤギ肉が中心ですが、マトン(羊肉)と同じと考えてよく、 ことに生後一年未満の仔山羊肉は高級食材です。焼肉にも適し、インド・カレーと合います。

 

 山羊乳関連では、母乳の代替としてだけでなく、山羊チーズに加えて、ヨーグルト、アイスクリームの他、石鹸や美容関連品などが登場しています。

 私が期待しているのは、ヨーグルトに加えて、多様な山羊チーズの発展です。大別すると、山羊チーズには①未熟性のフレッシュチーズ、②熟成チーズ、③固形古チーズ、の3種類があります。

 早春の草を食べヤギから出るミルクから作る生ヤギチーズの香ばしさを堪能する日本人が増えて欲しいものです。固形チーズは酒のつまみに最適です。

 

 近年になって、ようやく山羊乳の価値が再認識する動きが出てきたようです。「全国山羊ネットワーク」

(http://japangoat.web.fc2.com/) が組織され、1998年から「全国山羊サミット」が毎年、開催されるようになっています。しかし、残念ながらまだまだマイナーな動きにすぎません。

 

 

4.日本の山羊畜産振興に向けた目標設定

 

 目標は山羊関連商品がマイナーな存在からメジャーな存在となることです。夢は大きく持った方が良いこともありますから、日本の世帯の五割で山羊乳製品が常備食品となること、飼育頭数は百万の大台を越えることを目標に設定します。 

 

 まずは、山羊乳製品に興味を抱かせるきっかけ作りです。広報宣伝にかなりの費用と時間がかかりそうですが、瓢箪から駒で、意外に簡単に壁を越えぬける可能性があります。例えば、人気沸騰中の女優さんかモデルさんが、やらせではなく、実体験として「私はヤギ乳のお蔭で、こんなに美人に、健康になりました」と語ってくれることです。この実例が一回きりでなく、少なくとも三回登場してくれると、口コミで広がるだけでなく、芸能誌やスポーツ新聞が書き立て、テレビのモーニングショーで取り上げられて、世の女性の多くがワッと飛びつきます。いつの間にか、「山羊は臭い」という固定観念は過去の語り草となっていきます。納豆と同様に市民権を獲得していきます。

 

 一時的にせよ、需要が一挙に拡大した次に打つ手は、沖縄・九州から北海道に至るまで、地方単位での「ヤギの里山」のモデル市町村作りです。

 無農薬のエコロジーな里山、棚田の有効活用、里山を境界線とした人間社会と自然界の共生を達成しながら、山羊飼育と山羊関連商品の製造業の発展による就労人口の増大。周辺の市街地の雑草を駆除する山羊さん部隊の活躍とそれを見守る子供たちの笑顔。すると観光業も発展していきます。

 

 こうした成功事例が出てくると、ようやく行政が動き出し、横並びが大好きな国民性ですから、各県、各市町村が続々と追従していきます。これが二十年間継続していくと、日本の世帯の五割で山羊乳製品が常備食品となること、飼育頭数は百万の大台を越える、とする目標が達成できます。

 

 

5.私の仕事

 

 偶然の結果ですが、私が三本柱と位置づけている「日本神話の舞台」と「ロワール」というキーワードが「ヤギ」でつながっていくのは、何かの宿命のようでもあります。

 

 私の仕事は、「ヤギは臭い、貧乏人の家畜」という、行き過ぎた偏見や固定概念を打ち砕いていく、広報活動の一翼を担っていくことです。

 

 具体的にどうした行動をおこしていくかは、まだ考慮中の段階ですが、フランス在住者として「ヤギ畜産業の先進国フランスと日本列島のヤギ里山の交流促進」で何かのお手伝いができそうです。チーズやワイン愛好者向けの各種の山羊チーズと適性ワインの紹介もできますが、フランスでの山羊チーズ品評会に日本産山羊チーズを出品する際の応援もできます。

 美人で健康な「マドモワゼル山羊さん、マダム山羊さん」コンテストの開催も夢想しています。出身者の中から、人気女優やモデルさんが出現すると、しめたものです。その幸運は、地道な努力を積み重ねていくことに対する、女神からのご褒美なのでしょう。

 

 

               著作権© 広畠輝治 Teruji Hirohata