その38.鈴虫        ヒカル 満49

 

1.ローマ教皇・カール五世と安梨王の三者連合

 

 神聖ローマ帝国軍の侵入を食い止めた後、第三次戦役を終結に導いた功績が評価されて、年が明けた二月に夕霧大将はフランス軍の元帥に抜擢されました。

 フランスとの戦役が終息したものの、帝国とスペイン王国を治めるカール五世にとっての頭痛の種は海からイタリア半島への侵攻を試み出しているオスマン・トルコの動きでした。ローマ教皇もオスマン・トルコのヨーロッパ進出を警戒していますから、両者の思惑が一致して、教皇はカール五世と同盟を組みました。

 

 両者にとっての別の懸念はローマ教会から離脱した後、カトリック攻撃を加速させているイングランド王国のヘンリー八世の動向でした。ヘンリー八世は大僧院の財産没収や解散を大胆に進め、四月にはカンタベリー大聖堂にある聖人トーマス・ベケットを祀る神殿を撤去してしまうまでになっています。虹バラの斬首からわずか十日後にヘンリー八世が再婚したジェーン・シーモア王妃は、王子エドワード六世を出産した後、急逝してしまったものの、跡継ぎとなる王子の誕生に力を得て、神聖ローマ帝国・スペイン王国、フランス王国と肩を並べる大国への道を突き進んでいっているようです。カトリック教会の財産没収や攻撃はそれに向けた費用の捻出や王権強化に直結しています。ヘンリー八世はイングランド教会とカール五世に抵抗するドイツのルター派教会との連結を公認し、プロテスタントの亡命者を受け入れる方針も公表したことから、カール五世も敵にまわすことになりました。

 

 ローマ教皇とカール五世は、オスマン・トルコと友好関係を築いて来たフランス王国を同盟に巻き込む策略を練っていくうちに、帝国がミラノ公国をフランスに譲歩する、という妙案を思いつきました。

「帝国がむざむざミラノを手放すはずはない。単なる撒き餌にすぎない」といった批判の声も上がりましたが、夕霧新元帥は平和裏にミラノ公国を手中にできる期待から申し入れを受け入れ、六月に教皇が調停するニース平和条約にカール五世と安梨王が署名しました。これにより神聖ローマ帝国とフランス王国の十年間の停戦が約束されただけでなく、西のイングランド王国と東のオスマン・トルコの野望に対抗するローマ教皇、神聖ローマ帝国・スペイン王国、フランス王国の三者連合が成立しました。

 

 七月に入ってスレイマン一世が十五万人の兵士を率いてイスタンブールを出発した、との報を受けて、カール五世と安梨王はモンペリエ近くの港町エイグ・モルト(Aigues-Mortes)で会見しました。その際にカール五世は第三次戦役時に課せられた税負担に不満を持ったフランドル地方のヘント(ゲントGent。ガンGand)の反乱がくすぶり続けていることから、「万が一、ガンの鎮圧でオランダ入りをせざるをえなくなった場合、イングランドが敵国となって海路は危険になっているので、スペインから陸路でフランスを通過してフランドルへ入ることは可能だろうか」と打診しました。安梨王に付き添っていた夕霧元帥は冷泉院から、マドリードで幽閉されていた際にカール五世と絵画論議を交わした逸話を度々聞かされていたこともあって、カール五世に親近感を抱きだしていたこともあり、その見返りにミラノ譲渡を引き出そうとも考えて、申し入れを快諾しました。

 

 

2.山桜宮のキリスト像供養と、紫上の裁縫の技

 

 夏の蓮の花が盛りになった頃、山桜上がかねてから造らせていたキリスト像のお披露目式が催されました。今回はヒカルの発願によるもので、礼拝室の道具類を細々と準備させ、早速、室内に飾らせました。石柱に掛ける小旗なども奥床しく格別なイタリア製の錦を選んで縫わせていました。紫上が急いで用意させた花机の覆いなどは優雅な絞り染めで、優美で清らかさを醸し出す図柄の趣向は見馴れないほど立派なものでした。

 山桜上の寝所の四方の垂れ布をすべて上げ、後方にはキリストが覚醒する場面を描いたタぺストリーが掛けられ、銀製の花瓶には丈が高い大輪の百合の花が鮮やかに挿してありました。室内には、百歩の外まで漂い香る名香が薫かれていました。キリスト像と左右を守る二つの聖人像も、それぞれ薫り高い白檀で造られていて、繊細な美しさがありました。聖水を入れる容器は通常よりも際立って小ぶりなもので、皿の上には青、白、紫の百合の造花が載せられています。夏向きの薫り物は、目立たないように乾燥させた蜂蜜の粒を混ぜて薫かれていますが、百歩の香と一つに匂い合って、何とも言えない薫りがします。

 

 祈祷文は、亡き者が進む地獄・餓鬼・畜生・修羅・人界・天国の六つの道に向けた六道が書かれていました。山桜上の祈祷文はヒカルが直々に書いたもので、せめてこれをもってキリストの道に入る縁を結んで、お互いに天国に手を取り合って行こう、といった気持ちを願文にしていました。山桜上が朝夕に読誦する聖書の巻物は、「イタリア製の紙はもろくて、常時の使用はどうしたものか」ということで、王宮の紙担当の者を呼んで、とりわけ丈夫で美しい羊皮紙で作らせたものでした。ヒカルが春頃から心をこめて書いた甲斐があって、はたから見る人達ですら眼がくらんでしまいそうな出来栄えでした。罫に引いた金泥の線よりも黒インクの方が余計に輝いて見えるのは、中々見事なものでした。この巻物の軸・表紙・箱の造りなどは今さら言うまでもなく、沈の木の花脚を付けた机に特別に置かれ、キリスト像と同じ寝台の上に飾られていました。

 

 礼拝室の飾りつけが終わると、講師が座に着き、聖書を暗誦しながらキリスト像の廻りを歩く人々も集まりました。ヒカルもその場に入ろうとして、山桜上が待機している西の控えの間を覗いてみると、狭い感じがする仮の控え場所に、窮屈そうに暑苦しくなるほど仰々しく着飾った侍女たちが五、六十人ほど集まり、童女たちは北の控えの間のふちの方にまではみ出していました。

 沢山の薫炉で香を薫きしめて、煙たくなるほど扇で扇ぎ散らしているので、ヒカルは近寄って、「空薫きというものは、どこで薫きしめているのか分からない位が良いのだ。ナポリのヴェスヴィオ火山以上に煙がたちこめてしまうのは、感心しないことだ。講説をされている間は、もっぱら物音を立てずに、落ち着いて説教の意味を理解すべきなのだから、無遠慮な衣擦れた立ち居の音はなるべく立てないようにしなければいけません」と、例のように思慮が足りない若い侍女たちに心得を教えました。

 

 山桜上はあまりの人数に圧倒されてしまっていて、とても小さく可愛げな姿でうつ伏していました。「若君がいると、騒々しくなってしまうから、奥の方に抱いて行ってくれ」などとヒカルは指示しました。北側の仕切りは取り外され、カーテンだけが掛けてありましたが、侍女たちをそこへ誘導して静かになってから、山桜上に今日の儀式についての心得を説明しましたが、非常に哀れ深い光景でした。

 山桜上が自室をキリストに譲り、飾り付けが終わった室をヒカルは見やると、様々な感慨が湧いて来ました。「こういった儀式を一緒に行うようになるとは、思ってもみなかった。せめて、後の世では同じ花の中に宿って、隔てなく暮らして行こう」と語って涙を流しました。

(歌)來世は同じ花の中でと約束したが 花の葉の露が別々にこぼれていくように 

   別れ別れに暮らしていく 今日が悲しい

と、ヒカルは丁子(ちょうじ)の汁で染めた、修道女用の扇に黒インクで書きました。

 すると山桜上が返歌を詠みました。

(歌)分け隔てなく 同じ花の中で と約束されても 貴方の本心は 

   一緒に住もうとは思われておりませんね

ヒカルは「言う甲斐もないほど、私を信用していないのだね」と苦笑いしながらも、やはり物哀しさに沈んでいるようでした。

 

 いつものように王族の人たちも大勢参会しました。ヴィランドリー城の婦人たちが我も我もと献じた供え物は月並みなものではなく、所狭しと並べられていました。儀式に関わる七種の僧侶が着る法服など一通りのものは、すべて紫上が指示したものでした。法服に詳しい僧は、縫い目までめったにない丹念さで作られている、と誉めそやしましたが、細かいことまでうるさく言うものです。

 講師が厳粛な口調で法要の趣意を述べました。「この世での優れた栄華の日々を捨てられて、永久に絶えることがない契りを聖書と結ばれた、尊く深い志」といった意味合いを、当代きっての才学があり、豊かな弁説をする僧が熱をこめて語り続ける尊さに、皆、感涙を催しました。

 

 今日の儀式は単に内輪での礼拝室開きとして思い立ったものでしたが、王宮や修道院の朱雀院の耳にも入ったことから、それぞれ使者が来ました。祈祷の布施などが並びきれないほどになり、にわかに大袈裟なことになってしまいました。今回の儀式はなるべく簡略に済ます予定だったのに、世間並みとは言えない仰々しさになった上に、まして目新しい布施の品々が加わったことから、夕暮に退出する僧たちは、修道院や教会に戻っても置き場がないほどの品々を携えて帰っていきました。

 

 山桜上が修道女になった今になって、ヒカルは心苦しい気持ちが増して、この上もなく大切に世話をするようになりました。朱雀院は「結局、譲ってあげたランブイエ城に住むようになるのだから、今から別居となっても見苦しくはないだろう」と話しているようですが、ヒカルは「離れ離れに住むようになると、気にかかってならない。朝夕、顔を合わせて、話したり要望を聞いたりすることができなくなってしまったら、私の本意とは違うことになってしまう。確かに、

(歌)ずっと続くわけでもない命が 絶えるのを待っている間ぐらいは 

   憂いごとばかりを悩んでいたくはないのだが

といったような気持ちの私は、先行きが長いことはないものの、それでも生き永らえている間は、せめて私の志だけは失いたくはない」と話しました。

 とは言いながら、ヒカルはランブイエ城を大層念入りに美しく改築させました。山桜上の領地から上がる収入や各地の荘園や牧場などが納入する物の中で、これと言ったものは、すべてランブイエ城の倉庫に納めさせました。さらに新しい倉庫も増築させて、色々な宝物や朱雀院が数限りなく分配した品々など、山桜上の所有物は皆、ランブイエ城に運んで、念を入れて厳重に管理させました。また日常生活に欠かせない人員や、山桜上に仕える侍女、上下の身分の奉公人の面倒も、一様にヒカルの負担としました。

 

 

3.ヴィランドリー城での鈴虫の宴と冷泉院からの使者

 

 秋に入り、山桜上の住まいの西の渡殿の前にある、中塀の東側の辺り一帯を野辺の趣に改造して、その中に聖水の棚などを設けて、修道女の住まいらしく整えたのが、とても清らかに見えました。

 山桜上を慕い、弟子になることを願って修道女になった乳母や老いた侍女たちは言うまでもなく、まだ若い盛りの侍女たちの中でも、決心が堅く、それ相応に辛抱できそうな者に限って選択して、修道女にさせました。侍女たちが張り合って、我も我もと願い出ましたが、それを聞いたヒカルは「それは良くないことだ。本心からではない人が少しでも混じってしまうと、周囲の人に迷惑をかけ、浮ついた噂も出てきてしまう」と諫めたので、結局、総勢十余人ばかりが修道女になって仕えることになりました。

 

 新設した野辺に秋の虫を放して、風が少し涼しくなった夕暮に、ヒカルは山桜上の住まいを訪れました。虫の音を聞いているふりをしながら、今でも諦めきれない気持ちを話して山桜上を悩ませますが、「例のように、修道女にとんでもないことを言われている」と山桜上は一途に迷惑がっていました。

 ヒカルは人前では以前と変わらないように振る舞っていましたが、胸中ではあの嫌な事件を恨んでいる気配が濃く、山桜上に対する気持ちもすっかり変わってしまった心情を感じ取る山桜上は、何とか顔を合わせたくない気持ちが強まって、世を背いてしまう要因になりました。ですから、今はヒカルとの縁が離れて安心していられるのに、ヒカルがなおも諦めきれないように話すのが心苦しく、「いっそのこと人里離れた所に住んでみたら」と考えることもありました。でもそれも生意気すぎるようなので、強く言い出すこともできません。

 

 十五夜の月がまだ上らない夕暮れ時、山桜上がキリスト像の前に座り、端近くを眺めながら祈りを捧げていました。野辺にいる若い修道女が二、三人、献花をしようと鳴らす聖水杯の音と水を入れる気配が聞こえて来ます。これまでと違った、世間離れした作業をせわしげにしている光景は、まことに感慨無量なものです。

 するといつものように、ヒカルがやって来ました。「虫の音がしきりに乱れる夕べだね」と言いながら、自分も声を低くして「天国への呪文」を誦じる尊い声がほのかに聞こえます。そうした中、虫の声が聞こえて来ますが、中でも鈴虫が鈴を振るかのように花やかに鳴き出したのは、興趣深いものでした。

「秋の虫の声は、どの虫がと言い切れないものの、ことに松虫の声が勝っているね。いつぞや秋好后が遠くの野辺をかき分けて、わざわざ捕らせて来た松虫を庭に放したことがあったが、今もそれだと分かるように鳴き続けているのは、あまりいない。松虫は、長生きをする松の名と違って、寿命が短い虫なのだろう。人が聞けない山奥や遠く離れた野の松原で、気ままに声を惜しまずに鳴く松虫は、人間ととても隔たっていたい気持ちを持つ虫なのだろう。それに対して鈴虫は気安く親しみ安く鳴いてくれる可愛らしさがある」などと話しました。

(歌)世間では 秋は憂いが多いことを承知していますが それでも鈴虫の声は 

   ふり捨てがたいものです

と山桜上が低い声で詠みました。とても上品で高貴なおおらかさがありました。

「何ということをおっしゃる。何とも心外な言葉ですね」とヒカルは切り返して、

(歌)自分からこの邸を捨てられたが やはり鈴虫と同じように 貴女の声は変わっていない

などと詠んで、ヒカルは珍しくハープを出させて弾き出しました。

 

 山桜上は数珠を操るのを止めて、やはりハープの音色に聞き入ってしまいました。月が射し始めて、とても花やかながらも秋の哀愁が感じられ、空を眺めながら世の中の様々なことが、はかなく移り変わっていく有様を思い続けながら、ヒカルはいつもより哀れみがこめられた音色で、ハープを搔き鳴らしました。

「今宵は十五夜の名月だから、例のように音楽の遊びをしていることだろう」と推量して、兵部卿が訪ねて来ました。夕霧元帥も王宮人と連れ立ってヴィランドリー城を訪れて来ましたが、「こちらの住まいにおられるようだ」とハープの音を追って、やって来ました。

「とても退屈していたので、本格的な宴というわけでもなく、長らく弾いていなかった珍しい楽器の音色を誰かに聞かせたくなって、独りで弾いていたのだが、ようこそ尋ねあててくれたね」と、兵部卿にも座席を設けて招き入れました。

 

「今宵は王宮でも月の宴があるはずだったのだが、緊急の秘密会議があったため、中止になって物足りなくなった」とこぼしていた上官たちも、ヴィランドリー城に誰や彼やが集まっている、と聞いて訪ねて来ました。

 皆で虫の音を品評したり、ハープなどを合奏しながら、興たけなわになりました。

「月を眺める宵は、いつの時でも物哀れな思いをしない折はないのだが、今宵の新たな月の光を見ていると、誠にこの世の後の世界のことまで、あれこれ想像してしまう。柏木大納言が亡くなった後も、何かの折があると、一塩偲んでしまうことが多く、公私の催し事がある度に、物の香りが失せてしまったような心地がする。柏木は花の色にも鳥の音にも識別できる心得があり、聞きがいがある話をする気配りがあった」とヒカルは語りながら、自ら掻き合わせているハープの音色で、袖を涙で濡らしてしまいました。心の片隅では「山桜上も内カーテンの中で、耳を澄まして私の話を聞いているのだろう」と気になりましたが、王宮の安梨王などもこうした管絃の遊びでは、真っ先に柏木のことを思い出していました。

 

「今夜は鈴虫の宴で明かしていこう」とヒカルが皆に語らって、酒杯が二廻りほどした頃、シャンボール城に滞在中の冷泉院から知らせがありました。シャンボール城には、王城での遊びが急に中止になったことを口惜しんで、左大辨と式部大輔がしかるべき人々を引き連れて訪れていましたが、「夕霧元帥たちはヴィランドリー城に向かいました」と聞いた冷泉院が使いを送った次第でした。

(歌)秋の夜の月は 王城から離れた住まいにも 昔を忘れずに照らしてくれている

(歌)同じことなら 夜の月と花との区別が分からない人にも 見せてあげたいものだ といった歌もあることだし、といった内容でした。

「冷泉院との出逢いに面倒な手数がかかるほどの身分ではないが、今は自由気ままに暮らしているのだから、邪魔をしてしまったら、と考えていたが、それが不本意なことだと思われて、突然のように使いを寄こされたのは恐れ多いことだ」とヒカルは感じて、急にシャンボール城に行くことにしました。

(歌)月の光りは 昔と同じように照らしていますが 

   私の城からは 秋が昔と違ったように感じています

 別段、特に優れた歌ではありませんが、昔と今の変化を思い続けている思いのままを詠んだのでしょう。ヒカルは使いに盃を賜り、またとない褒美を授けました。

 

 

4.ヒカル、十五夜にシャンボール城の冷泉院訪問。秋好后の出家願望

 

 来訪者の馬車を身分に準じて順序を並べ直し、前駆の担当者が立ち乱れたりして、静かに進んでいた音楽の宴もうやむやになって、皆は隊列を組んでロワール川沿いにシャンボール城に向かいました。

 ヒカルは自分の馬車に親王を乗せ、その後に夕霧元帥、左衛門の督、藤宰相など皆が続きました。ヒカルと親王は手軽な上着を着ていましたが、さすがに冷泉院に出逢うことから、身分の高い者だけが履けるショースに着替えました。お忍びの隊列でしたが、月が高く昇り、更けて行く空に趣があるので、若い人々はさりげなく笛を吹き出しました。

 

 一行は夜更け近くに到着しました。改まった礼儀正しい公式訪問であったなら、面倒くさい仰々しい儀式をして対面しますが、今夜はヒカルがかっての臣下の大臣に戻った気分で、身軽にやって来たので、待ち構えていた冷泉院はひどく驚きながらも喜びました。三十歳台に入って、大人びてきた冷泉院の容姿はますますヒカルと別のものとは見えません。まだ盛りの年齢でありながら、自発的に王位を譲って静かに暮らしている様子でしたが、ヒカルの残念な思いは少なくはありません。

 その夜に奏でられた楽曲は、イタリアのものもフランスのものも、深い心が籠っていて興味深いものでしたが、例のように不十分な伝聞のままを記すのも心苦しいので、省略します。

 

 明け方に詩歌の披露などがあった後、一行は退出して行きましたが、残ったヒカルは秋好后の間に入って、語り合いました。

「貴女も今は静かに暮らせるようになられたので、しばしば伺っても特にどうということもなく、歳を取るにつれてますます忘れられなくなる昔の思い出などを聞いたり、話したりもしたいのですが、真の太上王でも臣下でもない中途半端な身になっているので、さすがに気が引けてしまい、気詰まりな思いがします。私よりも若い人々がそれぞれ修道の道に入っていくので、私だけが取り残されて行く気がして、あまりに無常な世の中が心細く、ぐずぐずしてはいられないように思うので、世俗を離れた生活をしよう、とようやく思い立っています。『後に残されてしまう方々が頼りとするところがなくなって、途方にくれないように面倒を見てください』と先々からお願いしておりますが、そのことを心に留めておいてください」とヒカルは真顔で話しました。

 

 秋好后は四十歳台手前になってもまだまだとても若く、気配もおっとりとしていました。「奥深い王宮で生活していた時分よりも、フォンテーヌブロー城へ移った近頃の方が、ご無沙汰がちになってしまったような気がします。予想もしなかったことですが、何かと難しいことです。皆さんが背き離れて行く浮世を、私自身も厭わしく思うことがありますが、まずヒカル様に私の心の内を話して、ご意見を承ってからでないと、と何事もまず相談に乗っていただく習いになっていますので、気掛かりになっています」と続けました。

「確かに王宮におられた時分は、日数に限りのある里帰りをいつも楽しみに待ってしました。今は、どういった場合でも、ご自分の思いにまかせて自由に移動することができなくなってしまったようですね。定めがない世の中と言いながら、さして世を厭う理由のない人が、きれいさっぱりと浮世に背いて離れて行くわけにもいかないし、身分が軽い者ですらそれなりに足手まといになることがあるものです。ですから、人の真似をして修道女になる気持ちを起こすのは、かえってひねくれた考えだと推し量る人も出てきましょう。貴女が修道女になるなんて、あってはならないことですよ」とヒカルが忠告しましたが、「私の胸中を深くは汲み取ってくれていないようだ」と秋好后は辛い思いがしました。

 

 亡くなった母メイヤン夫人の霊は中空をさまよいながら、どんな苦患を体験し、業火の煙の中でさ迷っているのだろうか。死人の霊として出現し、人に疎まれてしまう物の怪が母の名を名乗っていることを、ヒカルは極秘として隠していましたが、口さがない世間の噂は自然と秋好后の耳にも入って来ますので、言いようもなく悲しく恐ろしくて、世の中の何もかもが厭わしく感じてしまいます。仮にもせよ、母を名乗る物の怪がどんなことを語ったのか、その様子をヒカルに詳しく聞いてみたいのですが、真正面から切り出すことができないでいました。

 ただ秋好后は「亡き母の罪障が深い有様の噂をぼんやり聞いています。私としてはそんなはっきりとした証拠は見たことはないものの、何となく想像できます。母に先立たれた時の悲しみばかりを忘れずにおりまして、母の後の世のことまで思いやることをしなかった至らなさを悔やんでいます。何とかその辺の道理を説明してくれる人の教えを受けて、自分の力で罪の炎を消して救ってあげたい、と段々と歳を取って行くにつれて考えるようになりました」とそれとなく修道女の道に入りたい心境をヒカルに伝えました。

 

「罪の炎は誰も逃れることができないと承知しながらも、朝露がかかっている間は、この世を思い捨てることはできませんね。十二弟子の一人は、キリストに近い聖人の身であったから、飢餓の道に堕ちた母をたちまち救い出すことが出来たが、そうした例は真似できない。玉のような生活をあっさり捨て去ろうとしても、この世への執着が残ってしまう。まあ、しばらくの間は修道女の道に入る志は心の中に閉まっておいて、その罪の炎が晴れるような供養をしなさい。私自身、そのように思いながらも日々の慌ただしさに追われてしまっていて、静寂な生活をする本意ができないでいる。いずれ自分のための勤業に加えて、メイヤン夫人の供養をしようと思っているが、本当に思慮が浅い考えなのだろう」などとヒカルが話しました。

 二人は「世の中は総じてはかないもので、そこから離れたいものだ」といったことを語り合いましたが、二人ともまだ修道者の姿にはなりにくい状況でした。

 

 昨夜は人目を忍んだ微行で気軽にやって来ましたが、今朝になると城内に知れ渡ってしまったので、シャンボール城を訪れていた上官の皆がヒカルのお供をして送って行きました。

「サン・ブリュー王妃の様子は、肩を並べる者がいないほど、勢いづいている。元帥まで昇格した夕霧は、私が不得手だった国際外交でも人とは異なる有能さを発揮するようになり、二人の子供はどちらも満足できるようになってくれた」と、ヒカルは馬車の中で思いながら、やはり実の子である冷泉院を思いやる気持ちには、しみじみ哀れみ深い思いがありました。冷泉院も常にヒカルに会いたい思いがありながら、対面することが稀でしかないのを不満に感じていて、こうした気楽な境遇になりたい、と望んだことが譲位を急いだ一因となりました。

 

 秋好后は、冷泉王が譲位した後は、かえってヴィランドリー城に里帰りするのが、中々難しくなって、今は普通の夫婦のようにフォンテーヌブロー城で一緒に暮らしていましたが、王宮時代よりも当世風に、自由に花やかに催し事もしていました。何事も思いのままに振る舞える様子でしたが、心中では、メイヤン夫人に加えて、フランスとイングランドの友好関係の仲立ちをしてくれると期待をかけていたものの、本人が納得できない不業の死を遂げたまま、母と同様に天国へも行けずに中空をさまよっているに違いない虹バラへの思いを込めて、修道女の道に入っていきたいのですが、冷泉院や周囲が許しそうにもない状況なので、もっぱら功徳を積んでいくことに専念していると、ますます世の中の無常を悟るようになっていましたが、ヒカルも同様の思いでいました。 

 

 

 

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