その23.初音   (ヒカル 35歳)

        

1.ヴィランドリー城の正月、ヒカル御方々に年賀  

 

 陰暦の年が改まった元日(陽暦二月五日)、朝空の様子は一点の曇りもなく、うららかな光りに包まれ、取るに足らない人家の垣根にすら、残雪の中から草が若やかに色づき始め、春はいつかと気配をうかがう霞が立ちこめる中に木の芽がかすんで、自然と人々の気持ちものびのびしていくように見えます。まして玉石を敷き詰めたヴィランドリー城では、前庭を始めとして見所が多く、美しく磨きたてられた各婦人方の住まいを詳しく紹介しようとしても、筆者の言葉が足りません。

 

 とりわけ春の町のヒカルと紫夫人の住まいは素晴らしく、梅の香りが室内の匂いと吹き混じりあって、天国にいるような思いをさせます。夫妻は何と言ってもゆったり平穏に過しています。仕えている侍女たちの中で若くて勝れた者はサン・ブリュー姫向けに選別しているので、夫妻に仕える者は少し年配になっていますが、かえって風格があり、衣裳や振る舞いを始めとして感じがよく取り繕いながら、あちらこちらに寄り集まって、長寿を願う祝いをしています。東方の三博士にちなんだ公現祭の菓子を持ち込んで、新年の祝い言を唱えながらざれ合っていると、ふいに太政大臣が覗き込んだので、すぐに居ずまいを正して「なんて恥かしい」ときまり悪がっています。

「何とも大袈裟な、自分たちのための祝い事だね。各人それぞれ違った願い事があるのだろう。少し聞かせてくれ。私が祝ってあげるから」とちょっと笑っている様子は、年の初めのめでたさを物語っているように見えます。ヒカルの愛人で「自分こそは」と自信たっぷりな侍女の中将サラが「私どもが祝っておりましたのは、ご主人たちの長寿を祈ってのことなのです。私自身の願い事はさしたることもありません」などと答えます。

 

 午前中は祝賀の訪問客が多く、物騒がしく過ぎましたが、夕刻になって婦人たちに年始の挨拶をしようと念入りに身づくろいをして、顔の手入れをしたヒカルの姿は本当に見甲斐があります。

「今朝、ここにいる侍女たちが祝い事を言いながら、ざれ合っていたのが大層羨ましく見えた。貴女には私が祝い事を言ってあげよう」と、ヒカルは冗談を少し混じえながら紫上と新年を祝いました。

(歌)薄い氷も溶けて 鏡のような池の面に 世にまたとない二人の影が 並んで映っている

実に羨ましい間柄です。

(歌)一点の曇りもない池の鏡に 幾久しくここに住んでいくのでしょう 私たちの影がはっきりと映っていますね

と紫上も詠んで、何事につけても末長い契りが望ましいように詠み交します。たまたまその日は小松を引いて長寿を願う日にあたり、千年の春を祝うのにふさわしい日でした。サン・ブリュー姫の部屋に行きますと、女童や下仕えの女児などが、その日にちなんで前庭の築山の小松を引いて遊んでいます。少女たちはじっとしていられないようです。

 

 特別に作らせたらしい、色々な菓子をぎっしりと詰めたヒゲ出し籠や白木の容器がサン・ブリュー上から贈られて来ました。何とも言えない五本葉の松の枝にとまっている作り物の黒歌鳥に、思いがこめられた手紙が結んでありました。

(歌)あなたの成長を待ち続けている昔人に 今日は黒歌鳥の初音を聞かせてください

「『今日こそは 初音を聞かせよ 黒歌鳥の声がしない里は 住む甲斐がないという古歌もありますが」と書いてありましたが、ヒカルは自分の子を手離した深い悲しみを感じ取りました。新年に涙を流すのは禁忌とされていることなど気にしていないようです。

 

「返事は自分でお書きなさい。新年の最初の便りを惜しんではいけませんよ」と姫君に語りながら、ヒカルは自らインク壺を取り上げて書かせました。姫君は大層美しげで、明け暮れ拝見している人でも見飽きる気がしないのに、手離してから今までの覚束ない歳月の胸の内を察すると、罪作りなことをした、と心苦しく思います。

(歌)お別れしてから 何年も経ちましたが 黒歌鳥が巣立ちした生みの母君を 忘れましょうか

と姫君は少女心に任せて、細々と返信を書きました。

 

 夏の町の花散里の住まいに行きますと、まだ春の時節が来ないせいか、ひどくひっそりとしていて、さして興趣はありませんが品よく暮らしている気配が窺えます。

 歳月が流れるに連れて、二人の間柄は何のわだかまりもない、しっとりした仲になっています。今は無理をして共寝をするわけではありませんが、とても睦まじく、元からの兄妹であるかのような会話をまじわします。衝立を挟んでの対話でしたが、衝立を押しのけても花散里はそのままの姿勢で、隠れようともしません。

 ヒカルが贈った薄い藍染めのドレスはあまり花やかさがない色調ですが、髪の具合もすっかり盛りを過ぎていました。「きまりが悪いというほどでなく、薄紫色の添え毛をされて見映えをよくされたら良いのでは。私以外の男なら興ざめしてしまうかもしれませんが、素のままの貴女を見るのが嬉しく、私の本望でもあるからね。貴女は浮気をするような軽薄な類の女性ではないし、私に背くこともないから」などと、ヒカルは花散里と対面する折々に、自分の愛情の気の長さと相手のおおらかな態度がうまく絡み合っているのが嬉しく、「希望する通りの仲だ」と感じています。

 

 旧年のできごとなど細々と語り合った後、同じ町の西側に住む玉鬘を訪ねました。玉鬘がヴィランドリー城に住むようになってからまだ日も浅いのに、あたりの気配はしっくり落ち着いています。愛らしげな童女の姿が清新で人影も多く、室内の設備もきちんと整っています。細やかな道具類まではまだ手が回っていませんが、それ相応に体裁よく暮らしています。

 玉鬘本人も逢った途端に「中々の美しさだ」と見えます。黄金色の細長ドレスが引き立てる顔立ちも大層花やかで、ここが欠点と見える部分もなく、陰りもなくきらきらと輝いて申し分ありません。オクシタニーで気苦労をしたせいか、髪の毛の裾が少し細くなって、さらさらとドレスにかかっているのがとても清らかで、どこもくっきりと際立っています。「こうやって引き取っていなかったら」と思うにつけても、どうしてもこのまま見過ごすことができません。

 

 こんな風にヒカルと玉鬘は分け隔てなく馴れ親しむようになりましたが、玉鬘にとってはやはりヒカルとの隔たりは多く、いまだに不思議で夢のような思いがして心底から打ち解けようとしないのも一興です。

「貴女がもう長い間、ここにおられる気がします。気軽に出逢うことができるようになって、私の長年の願いが叶いました。気兼ねしないで紫上の住まいにも遊びに来てください。ハープを習い始めた可愛い姫君もいますから、一緒にハープを弾き合ってください。気の許せない軽薄な者もいませんから」と話しますと、「お言葉通りにいたします」と答えるのも適切です。

 

 日が暮れる頃、サン・ブリュー上の住まいを訪れました。屋根付きの渡り廊下を通って屋内に入るドアを開きますと、なまめかしい風が吹き匂って来ました。気高く艶な空間に踏み入った気がしましたが、本人の姿は見えません。「どこにいるのだろう」と見回して、机のインク壺の周りに冊子類が賑やかに取り散らかしてあるので手に取って見てみます。紋様を織り込んだヴェネツィア製の白地の絹錦を縁取りにした敷物の上には風雅なハープが置かれています。趣向を凝らした由緒ありげな火桶に栴檀(せんだん)香をくゆらせていますが、衣服の防虫用の香も混ぜられているのが大層感じよい。

 手習いをした反故が無造作に取り散らかっていますが、筆跡は普通とは違う、教養を見せる書きぶりでした。仰々しいしゃれた書き方はせずに、無難に書かれています。サン・ブリュー姫の返信が「珍しいこと」と感激したのか、身に沁みる古い歌も書き混ぜています。

(歌)何て珍しいことでしょう 花の御殿に住む黒歌鳥が 谷の古巣を訪ねて来てくれた

新年に改まる明日から 待ちわびるものは 黒歌鳥の声などの古歌なども書いてありました。

梅の花が咲く 岡辺の辺りに住んでいても 黒歌鳥の声がよく聞えて来るといった歌も書いて、自分を慰めている様子も混じっている紙を取り上げて微笑んでいるヒカルの姿はこちらの方の気が引けるほどの立派さです。ペンにインクを濡らして、その紙の墨に何かを書き足していると、サン・ブリュー上が近寄って来ました。

 

 その態度が恭しく慎み深く、見苦しくない心がけを見せているので、「さすがに他の女性とは違っている」と思います。梅枝に蝶や鳥が飛び交う刺繍が浮ぶ白いロングドレスにくっきりとかかっている髪の端はぱらつくくらいに薄くなっていますが、それが一層艶かしさを加えているのに惹かれてしまい、「新年早々、騒がれてしまうことになるだろう」と気にはしながら、こちらで一晩泊ることにしました。

 その噂はすぐに城内に広まってしまいました。他の町の女性たちは「やはり格別のご寵愛なのだ」と解しました。ことに南の紫上の町では「けしからぬこと」を侍女たちが悔しがっています。それを察したかのように、ヒカルはまだ曙のうちに本邸へ戻りました。送り出す側は「そんなに急ぐこともないのに。まだ夜が暗いうちなのに」と並々ならぬ心残りで寂しがりました。

 待ちわびていた紫上がそれとなく気分を損ねていることだろう、と憶測しつつ、「わけもなくうたた寝をしているうちに、若い者ように寝入ってしまった。迎えに誰も寄越してくれないで」とヒカルが紫夫人にご機嫌をうかがうのも面白いことです。紫上からさしたる返答もないのが厄介なので、狸寝入りをしながら、日が高く昇ってから起きました。

 

 その日は予定のない参賀客の応対に紛らわせて、紫上とは顔を合わせないようにしました。例年ように高官や王族たちなどが残らずやって来ました。管弦の遊びの後に引出物や心づけが贈られましたが、その豪華さは類がありません。集まった人たちは「自分こそ」はとめかしこんでいますが、少しでもヒカルに肩を並べるほど立派な者はいません。一人一人を見てみると才学がある者が多くいますが、ヒカルの前では圧倒されてしまうのは気の毒なことです。ですから大して数にも入らない下級の者たちでもヴィランドリー城に伺う際の気の配りようは特別でした。まして若手の上官たちは、新たに登場した姫君への思惑もあってか、何となく言動に気を配っているのが、例年と違っています。夕風がのどやかに吹いて、前庭の梅が少しほころびた黄昏時に奏でられる楽音が楽しく、「この城で」という流行歌が始まると、拍子を打ちながら花やかに歌われます。太政大臣も時々、声を添えて、歌の中の「受難の時計草(Passion)」という節がとても優美で素晴らしく聞えます。どんな曲にも声を添えるヒカルの輝きに引き立てられて、花の色も音もさらに映え上がります。これに加えて、馬や馬車の騒音を離れた場所で聞く夫人たちは「オリンポス山で神々が奏でる楽曲をじかに実見してみたい心地とはこんなものなのか」と羨ましい気持ちでいます。

 

 

2.ヒカル、シセイ城を訪問

 

 ましてヴィランドリー城から離れたシセイ城に住む婦人たちは、年月が経って行くにつれ数々の所在ない思いが増していっていますが、

この世の辛さに遭わずに済む 修道院に入ろうとする時には 愛する人がそれを妨げる束縛となってしまうといった歌を思い浮かべながらも、訪れが少ないヒカルの冷淡さを何かと恨んだり咎めたりする気までにはなりません。訪れが少ない点以外は、心配ごとも寂しいこともありません。神に仕える空蝉は一心に勤業に励み、騎士道物語を好む末摘花は読書に身を入れるなど、各人の希望にそって暮らしています。

 

 新年の騒ぎが一段落してから、ヒカルはシセイ城を訪れました。末摘花は王族の身分ですから、さすがにヒカルも気を使って、上辺では大切に扱っています。若い頃はふさふさとしていたブロンドの髪も次第に衰えていて、「激しく流れ落ちる 滝の上流は 年齢が積み重なって老いたようだ 黒い線が見当たらないの歌にあるように、恥かしくなる横顔を気の毒に思って、面と向って対座することはありません。

「私が贈った蔓草模様を乱れ織りした青い柳色のドレスはそんなに似合うことはなかったな」と見えるのは、着る側が悪いせいでしょう。光沢もない黒い肌着とごわごわした重ね着の上に、柳色のドレスを着込んだ姿は、ひどく寒そうで痛々しげです。ヒカルはドレスの上に重ねる表衣も贈ったのですが、どうしたことでしょう。霞の中にも紛れ込むことができない鼻の赤さだけが花やかなので、ヒカルは思わず溜息をつきながら、わざとらしく衝立を引き直して衝立越しに対話をします。

 

 末摘花はそんな仕草にも気付かないようで、こうして気長に面倒を見てくれるヒカルの情愛を今は素直に受け取り、心から信頼している様子もいじらしいことです。王族の身分でありながら、「こんなことまで人並みでないことが可哀想で、悲しい人だな」とヒカルは思うとせつなくなって、「せめて自分だけは」と気遣っているのは、末摘花にとって有り難いことです。

 声も大層寒そうにぶるぶる震えながら話します。見かねて、「着る衣服をお世話する人はいないのですか。こうした気兼ねがいらない住まいでは、もっとくつろいだ風にされて、ふっくらと柔らかい服を着たらよいのに。上辺ばかり体裁よくした衣裳は感心しませんね」とヒカルが告げますと、さずがにぎこちなく笑います。

「アブリ(Albi)の僧院にいる兄の尊師の世話に手間がかかってしまい、自分の衣服など仕立てる余裕もありませんでした。毛皮コートすら取り上げられてしまったので、寒くて」とこぼしますが、確かにその兄も非常に赤い鼻をしていました。「性格が素直だ、と言うものの、あまりにあけすけすぎるな」と思いながらも、ヒカルもこの場では末摘花に合わせたように実直に生真面目でいました。

「毛皮についてはよいことをされましたね。僧侶の雨用コートとして譲ってあげるのに差支えはありませんよ。それにしても、どうして骨が折れない白い服を七重にも重ね着をされないのですか。必要な物がある時は私の方が忘れていたことでも知らせてください。元々、ぼんやりしたうっかり者ですし、他の婦人たちと混同もしてしまうので、そうなってしまいます」と言って、向かいの棟の倉庫を開かせて、絹や綾織物などを差し上げました。

 

 住まいは荒れてはいませんが、ヒカルが住んでいないこともあってか、ひっそりと静まっていて、前庭の木立ちだけが大層面白いのに、紅梅の蕾が吹き出して来る香りを褒め上げる人もいません。

 ヒカルは紅梅を眺めながら詠みました。

(歌)昔の邸に 春の梢を尋ねて来てみたら 世にも珍しい紅梅の花のような鼻を見ることよ

独り言でしたが、女君はその意味を理解しはしなかったことでしょう。

 

 続いて修道女の空蝉の住まいを覗きました。空蝉は我が物顔に振舞うこともなく、ひっそりした部屋住みをしていて、住まいの大部分を勤業用にあて、祈りに専念している様子が哀れに見えます。聖典やキリスト像の飾り、ちょっとした祈祷道具なども優美でしゃれていて、「やはり嗜みがよいな」と見える気配です。

 贈った青鈍色のドレスに合わせたような、同じ色の衝立の感じがよく、その蔭に身を隠すように座っていますが、ドレスの裾口だけが花やかなのが青春の頃を思い出させて涙ぐんでしまいます。

「『ブルターニュのベル・イル(Belle-Île en Mer)島の漁村に 思いやり深い修道女が住んでいると 噂に聞くという歌もありますが、この歌のように貴方を遠くから思いやっているだけで止めておくべきでしたね。昔から憂いが多い二人の仲でした。それでも、こうして睦びあうことが絶えないでいますね」などとヒカルは話しかけます。修道女もしみじみとした気配で、「こうした形でお世話になっておりますが、ご縁が浅くはなかったことを思い知りました」と答えます。

「あの頃、度重ねて貴女の心を惑わせてしまいましたが、今になってあの時の罪障を神に懺悔するのも苦しいことです。でも今は私の誠意がお分かりでしょう。こんなにまっとうで素直な男はいないのだ、と合点がいったことと思います」とヒカルは続けました。

「どうやら、あの浅ましく言い寄ってきた義理息子との昔の出来事を聞き及んでおられるのだ」と空蝉は恥かしくなって、「修道女になった、こんな姿をご覧になっておられるのですから、他に罪障などどこにございましょうか」と心から泣いています。

 若かったあの時分より、空蝉は思慮深く落ち着きが増していて、「こうして修道女になって俗界を離れしまった」と思うとヒカルは見捨て難い思いもしますが、今さら恋の戯れ事を言える相手でもありません。あれこれ昔や今の話をしながら、「せめてあの人もこのくらいの会話が出来たらなあ」と末摘花の住まいを見やりました。

 

 こうしたようにヒカルの庇護の恩恵を受けている女性たちがシセイ城に多くいました。そうした女性たちを一通り訪れて、「長くご無沙汰をしてしまう折々もありますが、心の中では忘れておりませんよ。いつ死に出の別れが来るか 誰も知らないが 限りある別れこそ 悲しいものだといった歌のように後ろめたい気がしますし、

(歌)寿命など 誰も分からないものですが 貴女を思う心は身についています

となつかしい調子で語りかけましたが、いずれの婦人たちをそれ相応に「愛しい」と思っています。

「自分はこれだけの人物だから」との思い上がりをしまいかねない高い身分のヒカリですが、さして威張り散らすこともなく、どんな場所でもどんな女性でも漏れなく優しく扱いますので、そんな心に惹かれて、多くの女性が他の男に靡かずに、シセイ城で年月を送っています。

 

 

3.ヴィランドリー城の未明の男歌舞

 

 その年は新年の祝いを歌い舞う男歌舞がありました。まずアンボワーズ王宮で行われた後、朱雀院が住むシュリー・シュル・ロワール城に行き、次いで船に乗ってロワール川を下ってヴィランドリー城に着いた頃は夜明け近くになっていました。

 月が曇りなく澄み渡り、薄雪が少し積もった、たとえようもなく美しい庭で、王宮人なども芸事にたけた者が多い頃でしたから、燃え盛る篝火を背に笛の音も大層面白く吹きたてられました。ことにヒカルの前では気を張り詰めて演奏しました。

 

 花散里やサン・ブリュー上などにも事前に見物に来るように知らせていて、南の町の左右の小館や渡り廊下にも見物席が設けられています。玉鬘も南町の本館へ行ってサン・ブリュー姫と対面しました。紫上も付き添っていて、衝立を挟んで話をしました。

 男歌舞の一行はシュリー・シュル・ロワール城では紫陽王太后の住まいでも演じたため、ヴィランドリー城に着いた頃は夜の明け始めになってしまい、饗応は赤ワインとサンドイッチの軽食で済ませても構わなかったのですが、通常以上のご馳走が出されて歓待されました。

 白々とした暁の月の光りの中、雪がちらちらと降り積もって行きます。高い梢の上から風が吹き下ろしてきて、凄惨とも思える中、一行の青地の表衣もすっかり萎え萎えとして、その下に見える白い平服には何の飾り気もありません。頭にかざした錦の造花も色艶がなくなっていますが、場所柄のせいか風趣があり、見ている者は寿命が延びる思いがします。

 大勢の演者の中でも、ヒカルの息子の中将やアントワンの息子たちがことに勝れていて、感じもよく花やかでした。空がほのぼのと白んで行き、雪が少し小降りになって冷え込んで行く中で、流行歌「竹河」を歌いながら、左右に揺れる姿や若々しい歌声を絵に描きとめることが難しいのは残念なことです。

 

 見物席の女性たちは美しいドレスを着て、数々の袖口の色合いは、春の曙の空に柳や桜を織り出した錦を霞の中から取り出したように見え、これはこれなりに気が晴れ晴れとする見物でした。残念ながら舞い人が白い絹張りの冠をかぶる姿は世間離れをした有様で、王さまの代の長い繁栄を祝うせりふは乱雑で、ふざけたような仰々しさで、面白い拍子も聞えてきません。

 男踏歌の一団は慣例の心づけの錦を頂戴して退出しました。夜がすっかり明けて、婦人たちも帰って行きました。ヒカルは少しの間眠り、日が高くなってから起床しました。

「息子の中将の声はアントワンの次男、弁の少将ロランとあまり劣ってはいないようだ。今の時代は不思議と名手が出現する時代なのだね。昔は学問や堅実な方面で勝れた人が多かったが、芸事の方面では近頃の若い人には及ばない。私は中将などは実直な官僚に育てたいと決めて、自分のように風流な芸事に取り乱ししてしまう見苦しさとはかけ離れたものにさせたい、と考えていた。とは言うものの、内心では芸事を好む風雅な心は持ち留めて欲しい、とも考える。控え目で上辺だけは取り澄ましている、というのも嫌なものだから」と言いながら、息子を可愛く思っているようです。

「万春楽」という囃子言葉を口ずさみながら、「せっかく婦人たちがここに揃ったのだから、もう一度集まってもらって、演奏会を試みてみよう。私的な後宴にもなることだし」と言って、美麗な袋に入れて秘蔵しているハープや楽器をすべて引き出して、塵払いと緩んだ弦の調律などをさせました。再び集まった婦人たちはさぞかし心遣いも尋常ではなく、気が張り詰めたことでしょう。

 

 

               著作権© 広畠輝治Teruji Hirohata