巻1 藤と紫

 

その2 帚木(ははきぎ)     ヒカル 16歳

 

1.源氏の生れついた本性と、雨夜の品定め

 

 「ヒカル・ゲンジ(光源氏)」という、仰々しいほどの名を持ちながら、取り消したい失態も多くあります。「こうした好色の草々が末の世にまで語り継がれ、軽薄な人間として名を流布されてしまうことを懸念して、努めて人目につかないようにした隠し事すら明るみにして書き伝えてしまうとは」と、顔をしかめる方々もおられることでしょう。とは言うものの、実際にはひどく世間の目をはばかって、真面目人間の素振りをしていましたので、なまめかしく面白い話はあまりなく、騎士道小説に登場する好色男ファンファン(Fanfan)には笑われてしまうことでしょう。

 

 官位がまだ四位の近衛中将であった頃は、気軽に暮らせる王宮にばかり伺候して、アンジェの左大臣邸へはたまにしか下りませんでした。「人目を忍んで乱れた女遊びをされているのか」と左大臣たちは疑うこともありましたが、元々、あだっぽい浮気性な出来心で女性を漁ることは好まない本性でした。ただまれに、篭絡し難い女性に真剣に惚れこんで深みに入ってしまう、悪い癖がありましたので、高貴な御方にはふさわしくない振舞いも混じってしまいます。

 

 長雨が続いて晴れ間のない日が続いた頃、王宮では王さまが心身を清める「物忌み」が長引き、廷臣は家に帰ることもままならず、宿直を続けます。アンジェの左大臣邸は中々戻ってこないヒカルが待ち遠しく、恨めしい思いにかられながらも、プルポワン(上着。Pourpoint)とショース(タイツ。Chausses)や何やかや、珍しい様に新調した品々を届けます。左大臣の息子たちも、父大臣から監視役を仰せつかったのか、もっぱらヒカルの宿直所である桐壺に集ってきます。その中でも、蔵人少将から官位四位の頭中将に昇進していた正妻腹のアントワンはヒカルより五歳年長でしたが、馬が合うのかごく親しい間柄になって、遊びごとも戯れごとも他の人よりも心安く、馴れ馴れしく付き合います。アントワンもジアンの右大臣が婿君として厚くもてなすのがうっとうしく、ジアンにはあまり寄りつかずに遊びまわっています。自分の実家である左大臣邸の自室を眩しく飾り立て、ヒカルが左大臣邸に行く際は、連れ立って実家に戻ります。夜となく昼となく、学問も遊びもいつもヒカルと一緒でした。ヒカルが王さまの秘蔵っ子であることに臆することもなく、心中の思いを隠さずに打ち明けあえる、睦まじい義兄であり悪友でした。

 

 

2.頭中将アントワンの三階級論

 

 長雨が降り続き、湿っぽい夕刻、王宮の詰め所の人影もまばらで、ヒカルがいる桐壺も普段よりものんびりした空気に包まれる中、アントワンが顔を出しました。

 

 アントワンは燭台を近くに寄せて本棚の書物を物色しているうちに、色々な紙にしたためられた手紙束を見つけ出しました。頭中将が手紙の中味を知りたがりますので、「差障りがないものは少しお見せしても構いません。中には都合が悪いものも交じっていますから」とヒカルは渋りますが、「いやいや、その腹を割った都合が悪い手紙こそ、読みごたえがあるのだ。おしなべて月並みな手紙は、この私でもそれ相応に遣り取りをしているから。相手のつれなさを恨めしく嘆く折々、人待ち顔の夕暮れの折などを綴った手紙こそ、読みがいがある、というものです」とせがみます。

 

 大事な、秘蔵すべき恋文などは、人目にふれる不用意な書棚などに置き散らしておくことはありえず、ひた隠しにしています。手紙束は人に読まれても構わない二級品でしたので、ヒカルは頭中将が読むのを許しました。

 アントワンは少しづつ読みながら、「これはこれは。まだ若造のくせに、色々とあるではないか」と、当て推量で「これはあの女(ひと)、これはかの女からだろう」と差出人を指定します。うまく言い当てる場合もありましたが、見当違いの女性を疑って追及してきたりしますので、「おかしい」と笑いをこらえながら、言葉は少なめに、何とかかんとかと紛らわせながら、手紙束を取り隠してしまいました。

 

「そちらの方こそ、女性からの手紙をたくさん集めておいででしょう。少しは見せて下さい。そうすれば、この書棚もこころよく奥まで開きますよ」と言いますと、「あなたに見せる値打ちのある恋文など、ありはしませんよ」と答えつつ、女性論を語り始めました。

 

「ようやく私も、『この女こそは』と難癖をつけることができない女性などはめったにはいないものだ、と飲み込めてきました」。

「上辺だけは情が深く、手紙も達者で、時節ごとのやりとりも心得ているような、利発そうな女性は随分と多いでしょうが、本当にその方面に絞り込んで選別しようとすると、及第点に達するのは難しいことです。自分が得意になっていることばかりを勝手に自慢して、他人を軽蔑するような、嫌みな女性が多いものです」。

「親などが立ち添って大事に育て上げ、深窓に籠っている間は、いささかの才能だけを伝え聞いて、男達が胸をときめかせることもあります」。

「器量がよくて、気立てもおっとりしていて、若やかで屈託がない年頃では、風流な芸事を巧者の真似をしながら、身を入れて稽古すれば、自然に一芸を物にすることができます。そうなると、仲介人は、その女性の不得手な方面は言い隠して、得意な方面だけを吹聴します。男の方は『そんなことはあるまい』と疑念にかられながら、その女性を推し量っていきます。『本当だろうか』と思いながら、実際に女性に出会ってみると、大概は見劣りしてしまうのが通例です」と身に沁みているかのように歎息します。

 

 アントワンの話のすべてにではありませんが、ヒカルにも思い当たる節もあるのでしょうか、微笑んでいます。

「とは言っても、一芸もない人だったら、どうなるのですか」とヒカルが問いますと、「そんな女の処には誰も近寄っていきませんよ。何のとりえもない駄目な女と『素晴らしい』と唸らせるほど優れた女は、同数と言えるほど数が少ないものです」。

「身分が高く生まれた女は、召使いにかしづかれ、欠点が隠される事も多く、自然に気配にも気品が出てきます。中の品(中流階級)に属す女性となると、人ぞれぞれに心持ちが違い、自分自身の個性もはっきり出しますので、色々の点で優劣の区別ができる事が多々あります。その一段下の下の品(下層階級)となると、格別に耳をそばだてることはありますまい」といっぱしの通人ぶるアントワンの話に、ヒカルは好奇心をかきたてられます。

 

「品々と一概に言いますが、どうしたら上、中、下の三つの品に分別できるのでしょう。元々は高貴な家柄に生まれながら、零落して官位も低く貧しい家の娘と、元は身分が官位五位以下の地下人(じげにん)の家柄ながら、三位以上の高官に成り上がって、我が物顔に邸宅を豪奢に飾り立て、『名門貴族には劣らない』と豪語する家の娘とでは、品の類別をどうしたらよいのでしょう」とヒカルが問うているところに、主馬寮の頭(かしら)である五位のエリックと文書官六位のジルベールが「物忌み」の宿直にかこつけて、桐の間にやって来ました。王宮内でも名うての女好きと評判の二人でおしゃべり好きでもありました。退屈な夜を過すにはうってつけでしたから、頭中将は「待ってました」とばかりに、品定め論争に引き入れました。

 聞き難(にく)い話が続出します。

 

 

3.主馬頭エリックの女性論 上

 

「いくら成り上がったとしても、元の素性が悪ければ、世間の人の思惑も違ってきます。また、元は高貴な家柄でありながら、世渡りの地力(ぢりょく)が少なく、時勢が移り変わっていくうちに、世間の評価も衰微していくと、いくら気位が高くとも不充分となって、都合が悪いことが出てきます。ですから、双方とも中の品と見なすべきでしょう。

 官位五位か六位に相当する、地方行政に関わる知事(受領)には、幾らかづつ等級がありますが、いわゆる中の品にふさわしい女を選び出すことができるご時世です。

 高官の部類にようやく入れたくらいの家柄よりも、太政官の非参議(無官)の四位にすぎませんが、世間受けが悪くなく、元の家柄も賎しくはない家で、安楽な暮しをしながら、のんびり振舞っている娘は大層朗らかなものです。家の中に不足した物がなく、けちけちもせずに大事に育てられた娘の中に、難癖をつけがたい女性が多くおります。宮仕えに出て、思いがけない幸せを勝ちえた例が多くあります」と主馬頭が品定めの論議を広げていきます。

 

「ということは、女性は物持ちの娘に限るということになりますね」とヒカルが笑うと、「あなたらしくないことは言いますな」とアントワンが睨みつけます。

 

「本来の品(素性)と世間受けの双方が揃った高貴な家に生まれながら、親の躾(しつけ)が悪く、見劣りもする女性は『どうしてこんな風に育ってしまったのか』と、言う甲斐がないほど情けないことです。双方が揃っている家の娘が優れておりましても、世間は『そうあって当然』と見なして、『珍しいことだ』と驚くことはありません。上の上に関しては、私どもなどは及びもつかない世界ですから、差し置くことにします」。

 

「さてさて、世間から存在すら忘れられ、寂しく荒れ果てた雑草の宿に、思いのほかに愛らしい女性がひっそりと閉じ籠っているとすると、限りなく珍しいことに思うことでしょう。『こんな人が、どうしてこんな場所に』と、あまりの意外さにあやしいほど胸がときめきます」。

 

「父親が年老って不細工なほど太りすぎ、兄の顔も風采がよくないので、娘を想像してみたところで知れたこと、と思われる家庭に、非常に気位が高く、ちょっとした歌や舞いの技能も故がありそうに見える娘がいたりします。その才芸が本格的なものでないにしても、思いの外、興味を引かされたりします。完璧で欠点のない女性を選ぶには及びはしませんが、それはそれで、捨て難いものです」と言いつつ、主馬頭がジルベールを見やりますと、「自分の妹の評判がよいことをあてこすっているのだろう」とジルベールはぶすっとして物も言いません。

 

 ヒカルは「主馬頭の話は本当だろうか。上の品に属すと思われる女性たちの中ですら、そのような女性を見つけ出すのは難しい世の中なのに」と感じているようです。なよなよとした柔らかな白い下着の上に部屋着のガウンを着込み、紐も結ばずにしどけなくソファ(長椅子)に添い臥している火影のめでたさは、美女に見紛(まが)うばかりです。この人の相手として、上の上の品の女性を選りすぐってみても、飽き足りないように見えます。

 

 主馬頭は様々な女性について語り続けていきます。

 

「世間一般の女としては難点がないように見えても、いざ『自分のもの』として頼りになる人を選ぶとなると、大勢の女性がいたとしても、容易には決めかめないものです。

 男の場合、王朝に仕えて世の柱石を担う役割を果たそうと誰もが意気込みますが、本当に役立つ人材を選び出すのは難しいことです。どんなに『賢明な人物』でも、一人や二人では世の政治をまっとうすることはできず、上は下に助けられ、下は上に従って、多数の力で多方面の行政が円滑に進みます。

 ところが、狭い家の主となる女性を一人だけ選ばねばならない、となると、欠かせない大事な条件が幾つもありますので、この点は良くても、あの点は駄目だ、となります。少しは譲歩するとしても、及第点に達する人は少ないものです。好色な気持ちから女性達の有様を見較べることは好みませんが、『とにかく自分が思い定めた生涯の伴侶を』と思いを馳せるばかりに、『どうせなら、私が骨を折って再教育をする必要がない、心に叶った人を』と選り好みをしてしまいますから、相手を見つけ難くなってしまいます。自分の理想に必ずしも合致はしなくとも、『出合ったことも何かの縁』と捨て難くなって一生を共にする人は『誠意がある』と世間から見なされ、捨てられなかった女も羨ましく思われます。しかしながら、どうでしょうか。世間の有様を取り集めてみますと、そう都合がよく進んだ事例はあまりありません」。

 

「あなた方のような貴公子が上限がないほどの選択をされるとすると、どれだけの女性が存在するでしょうか。私などの身分でも、これぞと打ち込むような女性はおりませんからね。

 容貌が見苦しくなく、まだ若やかな女性が『塵(ちり)もついていない』身嗜(みだしな)みをして、手紙を書く時もおっとりと言葉を選び、インクの色つきもほのかにして、それとなく相手をひきつけ、『もう一度はっきり女を見てみたい』と焦る男をすげなく待たせ、『わずかな声でも聞きたい』と相手が言い寄ってくると、声を息の下に引き入れながら、言葉少なに応答をする・・・といった手口で欠点を隠します。それを『淑やかな女性らしい女性だ』と情に溺れて引き込まれて相手をしていくと甘ったれて来ます。これが女性選びの最初の関門となります。

 

 女性の仕事の中で肝心なことは夫の後見(世話)をすること、という観点からすると、『物の良し悪しの度合いをわきまえ、何かの折には歌を詠む情緒があり、風流な道にも長けている』といった側面はなくてもよいと思いがちです。しかし、そうかと言って実直一筋、髪を振り乱してなりふりも構わず、身嗜みに欠け、ただただ家事や夫の世話に専念する、というのも、いかがなものでしょう。男は朝夕、王宮や役所に出入りをして、公けや私的な人の振る舞い、善い事も悪い事も見聞しますが、そうした有様を気心の知らない人には話せません。身近にいる人が聞いてくれ、理解をしてくれると話し甲斐があり、一緒に笑ったり、涙をしあったりできます。公事のことで腹を立て、自分の心だけにおさめきれない事が多かった時、『妻に聞いてもらいたい』と願っても背を向けられてしまったり、一人で思い出し笑いをして『クスッ』としていると、『何事ですか』と気が抜けた様子で覗き込んでくる、というのではたまったものではありません。

 

 ただひたすらに子供っぽく、おとなしいだけの女性の場合、夫は努力して仕込みますから、多少は頼りない点があったとしても、仕込みがいがあった気がします。差し向かいで顔を眺めていると、その可愛さに欠点も許してしまいます。ところが遠出をして、用事を言いつけますと、それがつまらない事であったり、大事な事であったりにせよ、自主的には何もできず、深い配慮にも至らない、というのでは口惜しい思いをさせられますし、妻として頼もしげがなくて困ってしまいます。かえって普段は少しそっけなく、感じも悪い女性が、何かの場合に目を見張るような働きをする場合があります」。

 

 女性通を自他共に認める主馬頭ですが、いずれが良いか悪いかを決めかねて、しきりに溜息を漏らします。

 

 

 

4.主馬頭の女性論 下

 

「今はもう、品のことも容貌のことも考慮に入れないことにしましょう。ひどく厄介なねじけ者という評判がないのなら、ひとえに実直で落ち着いた心構えを持つ女性を生涯の伴侶とすべきでしょう。それに加えて、気配りも兼ねそろえていたなら、望外の喜びと思い、少し不足した点があっても強いて文句はつけますまい。安心して頼りにできる所があるなら、上辺の愛嬌などは自然に身につくものです」。

 

「普段は上品ぶったはにかみ屋で、恨みを言うべき時も知らぬ顔で堪え忍び、表向きは何気なさを装っていながら、何か一心に思い詰めてしまうと、言いようもない激しい言葉や哀れな歌を残して、思い出してもらえそうな形見の品を置いて、深い山里や世間から離れた海辺に隠れ住んでしまう女性がおります。まだ子供でいた頃、侍女たちが物語りを読むのを聞いていて、そんな風な女主人公が哀れに感じて悲しく、心深さに涙さえ落としたものです。今思うと、その女性のとった行動は軽率で、わざとらしいものです。目前の辛いことを理由に、思いやりが深い男を見捨て、相手の誠意を見ぬふりをして逃げ隠れをして人を困らせ、男の心中を探ろうとしているうちに取り返しがつかないはめに至ってしまう、というのは味気ないことです

『そのお気持ちは立派です』と周りに褒めたてられて、図に乗ってしまうと、修道女になったりします。出家を思い立った当座は心が澄み切って、浮世に未練がないように感じますが、知人が訪ねて来て『なんてまあ、悲しいこと。そこまで思い詰めなくとも』と嘆いたり、心底から憎いとは思ってはいない男が、その様子を聞いて涙を落としたりすると、召使いや古参の侍女などが『ご主人様の御心ばえはあんなに優しいのに、まだお若い身で出家されてしまうとは』などと申します。そうなると短く切った頭髪を手で探って、せつなく心細くなって物悲しくなってしまいます。堪えようとしても涙がこぼれ出てしまうと、折にふれ我慢ができなくなり、出家をしたことを後悔するようになります。これでは神さまも『心汚い者よ』と呆れることでしょう。俗界の濁りに染まっている頃より、生半可な出家をしてしまうと、かえって地獄へ至る悪道を漂うことになってしまいます。

 男との宿世の縁が浅くはなく、正式な修道女になる前に男に連れ戻されたとしても、男はいずれそのことを思い出して恨めしく思うことでしょう。良くも悪しくも、二人は合い連れ添って、ああにせよ、こうにせよ、堪忍しあっていくことこそ、契りが深まり、味わいが出るものです。出家騒動のようなことが起こると、後ろめたいしこりが残ってしまいます」。

 

「また、男が少しばかり他の女性に心移りしたのを恨んで、気色ばんで仲違いをしてしまう。これもおこがましいことです。男の心が他に移ることがあったしても、男が見初めた頃をいとおしく思って、それをよすがにしておけば良いのです。そうでないと、男との縁は切れてしまいます。万事において女は穏便に、他の女への男の心移りを嫉妬する場合でも、自分も承知している様をほのめかしつつ、恨み言を言う際は憎々しげではなく、それとなく言うなら、男も女を不憫に思い直すようになります。多くの場合、男の浮気心も女のやり方次第でおさまるものです。

 かと言って、むげに気を許してしまって、男を自由放任にさせていると、男は女を可愛く思いながらも、自然と女を軽んじるようになってしまいます。繋いでいない舟はふらふらと漂ってしまう例えもあります。そうではありませんか」。 

 

 馬頭の問いかけに肯いた頭中将は、「さしあたって、愛しい人、せつない人と心を寄せている男に、浮気など信頼できない疑いがある、となると大事に至りましょう。『我が身が潔白であることを女が見定めてくれるなら、女の猜疑は修復するだろう』など考えていても、そうも行きますまい。とにかく、自分の意に沿わない節(ふし)が女にあったとしても、じっくり構えて辛抱していく外に、手段はないでしょう」と言いいながら、「自分の妹は、これに相応している」と思ってヒカルを見やると、ヒカルは目を閉じたままで、話に乗ってきませんので、物足りなく、もどかしい思いをします。

 

 主馬頭はいっぱしの「女の品定め」博士を気取って、得意がっています。アントワンは「最後まで聞いてしまおう」と腹を決めて、調子を合わせていきます。 

 

「他のことになぞらえて考えてみて下さい。例えば指物師は、どんな物でも心に任せて作り出せます。その場限りのもてあそび物、定まった型がない品なら、一風奇抜なものをこしらえると『なるほど、これは良い趣向だ』と評判になり、当世風に様を変えていくと『面白い』と評価されます。しかし貴重な物として、本当に麗しい調度品の飾り向けに、定型の様式があるものを難なく作り出すとなると、本物の名人とそうでない者との差は歴然とします。

 また、絵画でも達者な絵描きは大勢おりますが、下絵を描かせただけでは、優劣は見分けできません。人が見たこともない十二神が棲むオリンポスの山、荒海に怒り狂う魚の姿、アフリカに棲む猛獣の形、目に見えない悪魔の顔など、おどろおどろしさを誇張した造作物は、想いにまかせるままに人の眼を驚かせるように描くと、実際とはかけ離れているとしても、それで通用してしまいます。ところがごく普通の山のたたずまい、水の流れ、身近な人の住まいの有様を、『いかにもそれ』と見えるように描き出し、その中に奥床しく優雅な風景をしっとりと画き入れ、柔和な稜線の山を木々深く、俗界を離れた趣に仕上げたり、人家の庭の様子を写実的に描く、というような作業になると、上手の筆致には勢いがあり、下手の者の絵には及ばない所が多く見えるものです。

 文字を書くのも同様です。深みはないですが、ここかしこを走り書きのように線長に引いたりして、何となく気取っているものは、一見すると、見栄えがよく才気がありそうに見え、逆に修行を積んだ上で丹念に書いた文字は、表面的には巧さが目につきませんが、もう一度、両方を見比べてみると、やはり実力がある方が優れています。

 

 ちょっとした技芸でも、この通りです。ましてや、人の心を見定めるには、その場での思わせぶりや上っ面の愛嬌に左右されてはならないと私は思います。私の昔話で、好色な男と思われるかもしれませんが、披露してみましょう・・・」と膝を乗り出しましたので、ヒカルも眼を覚ましました。

 頭中将は主馬頭の話に感心しつつ、頬杖をつきながら主馬頭と正面から向かい合いました。聴罪(ちょうざい)司祭が世の摂理を説き聞かせる席のような感じになって、おかしな気もしますが、こうなるとめいめいが自分の恋愛体験を披露しないわけにはいけなくなってしましました。

 

 

5.主馬頭の体験 一.嫉妬深い女

 

「まだ私が下っ端の役人だった頃、『愛しい』と思う人がありました。先ほど話したように、器量はさほどのことはない女性でしたから、まだ若い年頃の浮気心で『この人を生涯の伴侶にしよう』とは思いもよらず、『頼りがいがある』とは感じながらも何か物足らず、あちこちを紛れ歩いておりました。女がそれにひどく焼餅を焼くのが疎ましく、『もっと鷹揚に見てくれたら』と思いつつ、あまりに口うるさく疑い深いのが煩わしいこともありました。それでも『数にも入らない私の身を見放しもせず、なぜここまで思ってくれるのか』と心苦しく感じる折りもあって、自然と品行を慎むようにもなりました。

 

 この女の有りようは、自分が生来苦手としているようなことでも、『何とか、この人にために』と無理をしまして、人より劣っているいる方面でも『決して引け目を見せまい』と思い励みます。何かにつけ、まめまめしく面倒をみてくれ、『露ほども男の心にそぐわないようにしたい』と心掛けてくれます。勝気な面はありましたが、とにかく私に合わせて靡(なび)いてくれ、不器量な顔では『この人に疎まれてしまう』と入念に化粧をします。『この顔を他人に見せてしまうと、男の不名誉になってしまう』と恥じて、人前に出ません。そういう風にいつも努めてくれますし、一緒に暮らしていると気立ても悪くありません。ただ唯一、この嫉妬深さだけは我慢できません」。

 

「その当座、『この女はひたすらに私を慕い、尽くしてくれる。だから懲りるような事をして嚇かしたなら、嫉妬癖も少しは改善し、口やかましさも止まるだろう』と私は考えました。

 それで、『お前の嫉妬はひど過ぎる、もはや堪えきれないといった仕草を見せるなら、これほど私に打ち込んでいる女だから、思い懲りることだろう』と思いつきました。私は情がないつれない様を殊更に見せつけて、例の如く女が怒り出して嫉妬を始めた際に『こんなおぞましいことをされるなら、たとえ深い仲で結ばれていたとしても、もはや目を合わせることはないであろう。二人の契りがこれ限り、と思うのであったら、理不尽な物疑いをしても構わない。行く先長く、一緒に添い遂げよう、という思いであるなら、辛いことがあろうとも我慢して、ある程度で折り合って、嫉妬という悪癖を失くしてくれるなら、私だってあなたを愛しく思う。私が人並みに出世をして、少しは偉くなった時は、あなたは並びようがない正夫人となるであろう』などと、『我ながら、巧く考えついたものだ』と思いつつ、まくしたてました。

 

 すると女は薄笑いを浮べながら『あなたが万事につけて不充分で、官位が低いことに目をつぶしながら、そのうち出世をするだろう』と心待ちにする分は、のんびりと構えていさえすれば苦痛とは感じません。それより貴方の浮気心を堪え忍びながら、『いつかは思い直してくれるだろう』と年月を重ねていく分は苦しすぎます。こうなると、今が別れ時なのでしょう』とへらずぐちを叩きます。こちらも腹立たしくなって、悪態をついてやり返しますと、女は自制ができない性質(たち)ですから、私の指の一本を引き寄せて、食いつきました。

 私は大袈裟に痛がって、『こんな傷をつけられたのでは、私は人中に出ることもできない。どうせ私は貴女が軽蔑する下っ端役人にすぎないが、その上にこの傷では出世もできやしない。こうなったら世を捨てて出家するしかない』などと脅し文句を言って、『では、今日限りだぞ』と嚙まれた指を押さえつつ、家を飛び出しました。

 

(歌)指を折りながら 出会いの歳月を数えていくと 君の嫉妬癖だけが 唯一の傷だった 

恨みはしないだろうね、と歌いますと、さすがに泣き出しました。

(歌)あなたの浮気事を 心を一つにして 数えてきましたが ここが貴方と手を切る折なのでしょう

などと言い返してきました。

 実のところは『女との関係が切れる』とは思いも寄りませんで、ぐずぐずと日を重ねながら、女には手紙も送らず、浮かれまわっておりました」。

 

「トゥール(Tours)の謝肉祭の練習が夜更けまでになってしまい、霙(みぞれ)の降りしきる夜でした。帰宅を急ぐ皆と別れる地点にさしかかって思い巡らせてみると、やはり「帰る家」と考えられる場所はヴーヴレイ(Vouvray)にある、あの女の所しかありません。アンボワーズの王宮に戻っての独り寝はもの悲しいし、浮気相手の色めいたあたりは、うす寒いような気がします。『自分のことをどう思っているのだろう』と様子を見てがてら、雪をうち払いながら訪ねてみました。

 

 何となく気まずく、体裁が悪い気もしましたが、『これで、今晩から、日頃の恨みのしこりも解けるだろう』と達観しつつ屋敷に入りますと、灯火をほのかに壁際に寄せ、萎えて着易そうで、綿を詰めて暖かそうな居間着を籐籠(とうかご)の上にうちかぶせ、寝所のカーテンの一部を上げて、『今宵こそは』と待ち受けていた様子です。

『やっぱり、そうだろう』と私は得意になりましたが、本人がおりません。幾人かの侍女だけが留守番をしていて、『ちょうど今晩、親の家に行かれました』と答えます。艶っぽい歌も詠まず、気の聞いた手紙も残さずに、すっと引き籠ってしまう情愛のなさに、拍子抜けしてしまいました。私の浮気を決して許さなかったのは、『私に愛想をつかせる』思惑があったからなのだろう、とさしたる証拠はないものの、むしゃくしゃするままに邪推しました。とは言うものの、私が着るべき物が、いつもよりも気を使った色合いや仕様に仕立ててあり、私が見捨てた後でも思いやってくれる面倒見の良さはさすがでした。

 

 それからは、『女が私を思い切ることはないだろう』と慢心して、あれこれ言い寄りましたが、私に背を向けることもなく、逃げ隠れて困らせようともせず、差障りがない程度の返事を寄越します。ただ一点、『以前と同じお気持ちなら、我慢はしません。浮気な癖を改めて、身を落ち着けて下さるなら、お会いしても構いません』と言います。『そうは言っても、私から離れることはないだろう』とたかをくくって、『しばらく懲らしめてやろう』との思いで、『浮気癖は改めよう』とも言わずに、意地を張り続けていると、女はいたく思い嘆いて、はかなくも他界してしまいました。つまらない戯れごとなどするものではないと思い知りました。

「妻としてひとえに頼りにする女性は、ああでなければならない、と今でも思い出します。ちょっとした芸事でも、大事な用件でも、相談しがいがある相手になってくれました。染物をさせるとニンペのアラクネ(蜘蛛の化身)と言っても過言ではありませんし、裁縫をさせればアテナの手にも劣らず、この方面でも優れておりました」と言いながら、「可哀そうななことをした」と追憶に浸ります。

 アントワンがアテナの裁ち縫いは差し置くとしても、アテナは都市の守護神でもありますから、家の守護神として長い契りにあやかればよかったのに。アラクネが織りなすタピストリーを凌駕できる女性はいないでしょう。命がはかない花や紅葉蔦でも、折々の色合いがはっきりしないと見栄えが悪く、人目を引き付けぬまま消えていってしまいます。それにつけても堅く結ばれた縁というものは定め難いものですね」と相槌をうちました。

 

 

6.主馬頭の体験 二.浮気な女

 

「話は変わりますが、同じ頃、通っていた別の女性は、身分が嫉妬深い女より少しよく、『心映えも仔細ありげ』に見え、詩を詠むことも、筆跡も、リュートやハープを弾く爪音も、ひとかどではないと聞いておりました。器量も悪くはありませんでしたので、嫉妬深い女の方を気安い常宿にしながら、時々こっそり通っていた頃は、この上なく気に入っていました。

 

 嫉妬深い女が失せた後、どうしたらよいものか。いくら愛惜したところで、死んだことは仕方ありませんので、この女の許にしばしば通うようになりました。しばらくすると、少し派手で、風流女を気取っているなど鼻につく所が目立ってきて、伴侶として頼み甲斐があるようには見えませんので、たまにしか通わなくなりました。その間に、隠れて心を通わせあう男ができたらしいのです。

 十一月のころでした。月が美しい夜、王宮から退出しようとすると、ある宮廷人が来て、私の馬車に相乗りを頼んできました。私は父の大納言の家へ行こうとしていたのですが、途中でこの男が切り出しました。

『今晩、私を心待ちにしていそうな女の宿がありまして、寄ってやらないのは心苦しいので』と申します。くだんの女の家が通り道に当っていました。崩れた壁の隙間から池の水面が月影できらきらと光り、邸内にも月光が射しこんでいる風情を見過ごすのももったいなく、その男が降りた後、私も馬車から降りました。

 

 事前にしめし合わせていたようで、男は浮き浮きしながら、門に近いベランダのような所に腰掛けて、気取った風に月を見上げます。菊の花が霜に降られてぼやっとしている風情が面白く、風に紅葉蔦の葉が舞い乱れて晩秋の哀れを感じます。

 

 男は懐中から取り出した笛を吹流しながら、『シャンボール(Chambord)の森の泉で 一休みしよう 木陰は涼しく 水も冷たい 馬の飼料もたっぷりある まるで貴女の里のようだ』と、笛の合間に歌謡曲を歌っていますと、音色が良いスピネット(ピアノの前身。エピネット)が響いてきます。すでに音合わせをしていたのか、笛に合わせて綺麗に弾き合せていくのは、まんざらでもありません。スピネットの長調の調べは、女がものやわらかに弾きたたき、内カーテンの中から聞えてくると、当世風な華やかな気をさせますので、清く澄んだ月としっくり調和します。男はいたく感銘して、カーテンの近くに歩み寄って、「庭に散っている紅葉蔦の葉を人が踏み込んだ跡がありません。あなたの恋人は訪れてこないようですね」と皮肉を言います。

 

 菊を折って、

(歌)スピネットの音も月も えも言えぬ趣があるお宿ですが つれない恋人を 引き止めることはできないようですね

僭越ながら」などと言って、『もう一曲と所望する聞き手がいる時は、手を惜しまずにお弾きなさいな』とおどけます。女は様子ありげな作り声をして

(歌)木枯と吹き合わせる 笛の音をかなでる人を 私のスピネットくらいでは 引き止めることはできませんね

と、戯言(ざれごと)を交わしています。

 

 私が憎々しげに覗いていることも知らず、今度はハープを短調の調べで当世風に掻き弾く爪音は、才能がなきにしもありませんが、気取りすぎている印象がしました。時々、話を交わす王宮の侍女などとじゃれ合って、浮気っぽくするのは、それはそれとして面白くはありますが、たまさかではあっても、しかるべき所の『忘れえぬ女性』と思って通っている身にとりましては、『頼みがいがなく、 行き過ぎている』と許す気になれず、その夜のことにかこつけて別れてしまいました。

 

 嫉妬深い女と浮気性の女の二人を考え合わせてみますと、若い時分の心でも、浮気性の女は非常に危なっかしく、あてにならないと悟りました。ましてや年配となった今では、なおさらのことです。

 若い頃は心のままに、折るとしたれ落ちる萩の露、手に拾うと消えそうに見える羊歯(シダ)の葉の上の霰(あられ)などといった、艶っぽく、か弱く、男好きの女性を魅力に感じることでしょう。アントワン殿は二十一歳くらいと思いますが、あと七年あまりしましたら、思い知ることになりましょう。私の拙い諌めですが、軽薄でなびきやすそうな女性にはお気をつけなさい。きっと何かの過ちをしでかして、相手の男に芳しくない風評を立ててしまいます」と主馬頭が戒めます。

 

 アントワンは例の如く、肯きます。ヒカルも少し微笑みながら「もっともなことだ」と思っているようで、「嫉妬深い女にせよ、浮気っぽい女にせよ、外聞が悪く、はしたない物語ですね」とうち笑いました。

 

 

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