その36.柏木        ヒカル 満47

 

5.若君カオルの五十日の賀、夕霧の疑惑

 

 三月になると空の景色もどことなくうららかな感じがして、若君は生後五十日ほどになりました。とても色白で可愛らしく、日数のわりには発育が速く、すでにおしゃべりなどをし始めています。

 ヒカルも山桜上の住まいを訪れて、「気分は爽やかになりましたか。元気になられたとしても、修道女になってしまったので、どうしようもないことだが。これまでの普通の姿で爽やかな様子を見ることが出来たなら、どんなにか嬉しいことだろうに。心冷たくも私を見捨てて修道女になってしまったのだから」と涙ぐんで、恨み言を言いました。毎日のように訪ねて来て、今になって捨ててはおけないように、この上もないもてなしをしました。

 

 生後五十日の儀式で祝いパンが供されますが、侍女たちは「母親が通常とは違って修道女の姿なのは不都合なのでは」などと話しているところに、ヒカルがやって来て、「別段、どうということではないだろう。女の子だったなら、母親が修道女だと縁起が悪いことになってしまうが」と話して、南面に赤子用の小さな座席を作らせて、祝い膳を運ばせました。乳母たちはとても花やかに着飾っていて、赤子用の祝い膳に加えて、乳母や侍女たちにも色々と趣向を凝らした籠物やヒノキの折り箱などの心遣いもされていました。真相を知らないこともあって、城内や城外からの祝い品があふれていましたが、ヒカルはそれを見て、苦々しくもきまり悪くも感じました。

 

 山桜上も起き上がって来て、短く切った髪の裾が煩わしそうに広がっているのを非常にうるさく思いながら、額などを撫でつけています。ヒカルが内カーテンを引き開けて座席に座ると、山桜上は恥ずかしがって顔を横に背けました。お産の前よりさらに小さく痩せ細って、授戒の日に担当した僧が髪を切るのを惜しんで長めに切り残したので、今では修道女には見えない長さになっていました。次第に濃くなっていく鈍色の重ね着の下に、黄色みがかった紅の衣を着ている横顔は、まだ修道女には似つかわしくなく、まだまだ可憐な少女のような気持ちにさせるほど、みずみずしい艶っぽさがありました。

「とにかく、何と言うことだ。黒染めの衣はやはり侘しく、目の前を暗くさせてしまう。そんな姿になっても、いつでも出逢うことができると、自分を慰めることはできるが、相変わらずどうしようもなく辛い気持ちから落ちて来る涙は、体裁が悪いものだ。こんな風に思い捨てられてしまったのも、自分の過失からであると考えてはみるものの、あれこれ胸が痛くなって残念なことだ。何とか元に戻せないものだろうか」と嘆いたりしました。

「もうこれっきり、と言ってこの城を見限って行くなら、本心から私を嫌って捨ててしまったのだということになって、私にとっては恥じとなり情けない思いがします。やはり私が可哀想だと考えてください」とも話しました。

 すると山桜上は「修道女になる身の人は『浮世の哀れみは知らないものだ』と聞いております。まして私などは元から承知していないことですから、どうお答えしたらよいのか分かりません」と返答しました。

「まあ、どうしようもないことだね。とは言っても、もうすでに浮世の哀れみを味わったこともあるだろうが」と言いかけながら、若君を見つめました。

 

乳母たちには家柄が高く、見た目も感じが良い人ばかりが集められていましたが、その人たちを呼びだして仕えるべき心構えなどをヒカルは説明しました。

「悲しいことに私の命は残り少ないのに、この子はこれから大きくなっていくのだ」と抱いてみると、とても人なつっこく笑って、まるまると太っていて色白で美しい子でした。ヒカルは夕霧大将の幼児時代をかすかに思い出してみましたが、似てはいません。サン・ブリュー王妃が生んだ王子や王女はそれはそれで父親の安梨王の血筋を引いて、王家の子供らしい高貴さはありますが、特別に秀でてにこやかに可愛い、というわけではありません。

 これに較べて、この若君は大層上品な上に愛らしさがあり、目元がほんのりとしてよく笑うので「とてもいじらしい子だ」と眺めました。思いなしか、やはり柏木とよく似ていると感じました。今のうちから眼差しが穏やかで、こちらが気恥ずかしくなってしまうような様子も普通の子と違い、匂い立つような美しさをした顔立ちでした。

 

「この子が私の息子であったなら、どんなにか喜んだことだろう」とヒカルは思わずため息を漏らしてしまいました。山桜上は若君が柏木に似ているとは感じていないようですし、まして他の人はなおさら知らないことでしたから、ヒカルはただ一人の胸のうちで、「可哀想にもはかない運命を持った人だった」と人生の無常さを思い続けて、ぽろぽろと涙をこぼしていました。

「今日は身を清めて祝うべき日であった」と思い返して眼のふちを拭って、「子供の誕生は喜ばしいが、落ち着いて考えてみると、実際は柏木の子なのだから、嘆くのも十分なことだ」とイタリアの詩人の句に模して呟きました。五十歳手前の歳でしたが、もう晩年を迎えた心地がして、物寂しい思いがしました。

「お前の父に似てはいけないよ」と諭したかったのでしょうが、「やはり藤壺に犯した若い頃の業のしっぺ返しを受けた、ということだろう。だから今回のことは大目に見てあげようか」と寛容な気持ちにもなりました。

 

「それにしても、この秘密を知っている者が侍女の中にいるはずだ。それが誰か、と見当がつかないのがいまいましい。きっと『間が抜けた馬鹿者』と私を見ていることだろう」と不快な気持ちになりましたが、「自分の落ち度になることは堪えておこう。自分の不注意と山桜上の密通の過ちを較べてみると、密通の過ちが公けになってしまうと、彼女の立場が気の毒なことになってしまう」などと考えてみますが、もちろん顔色に出すことはありません。

「若君が無邪気に声を出して笑っている目もとや口もとの可愛らしさも、事情を知らない人が見たら、どう感じるであろうか。自分はやはり、あの柏木とよく似ているとしか思えない。柏木の両親たちが『せめて子供だけでも残してくれていたら』と悲しんでいるようだが、この子を見せてあげることもできない。柏木はひそかに幼い形見を残して、あれほどまで高い望みを抱いて優れていた身を、自ら進んで滅ぼしてしまったのだ」と柏木の人生を不憫に感じて、柏木を憎む気持ちも打って変わって、つい涙がこぼれてしまいました。

 

 侍女たちが皆そっと席をはずした隙にヒカルは山桜上に近寄って、「この子をどう見ていますか。こんな可愛い子を見捨てて世の中に背いてしまうことがあったでしょうか。本当に情けないことですよ」と強調すると、山桜上は顔を赤らめていました。

(歌)いったい誰が この小松の種を蒔いたかと 問う人がいたら 岩根の松は誰と答えるだろう

「不憫なことだね」などと小声で言いましたが、山桜上は返事もしないで、ベッドに臥していました。「もっともなことだ」とヒカルは思いながら、強いて責めることはしないでいました。「一体どう思っているのだろうか。物事を深くは考える人ではないものの、平静ではいられないだろうに」と推察しながら、非常に心苦しくなりました。

 

 夕霧大将は「柏木が亡くなる際に思い余ってほのめかしたことは、一体どういうことなのであろうか。病人の意識がもう少しはっきりしていたなら、あそこまで打ち明けようとしたのだから、もっと核心に触れたことを聞き出すことが出来ただろうに。何とも言いようのない臨終の間際だったから、折りが悪く気が晴れない悲しい場面だった」と柏木の面影が忘れ難く、実の兄弟以上に一塩悲しく恋しがっていました。

「山桜上がああやって世間を背いて修道女となった様子も、別段大した病気でもなかったのに、思い切りよく実行してしまった。それにしても父上はどうして許してしまったのだろうか。紫上があれほどの重病になって、泣く泣く修道女の道を願い出た、といった話があった時でも、とんでもないことだと考えて、とうとう引き止めてしまったものなのに」などと、あれこれとりまとめて思案してみました。

 

「そう言えば、柏木はヴィランドリー城の球蹴りの日に山桜上を垣間見て以来、絶えずそれとなく見せていた恋心に堪えきれない折々があったのだろう。上辺では大層物静かに取り澄まして、人よりも嗜みがあるように落ち着き払っているせいか、『この人物は心の内では何を考えているのか』とはたから見ている人にとっては見当がつかずに困っていたほどだったが、そんな柏木にも少し心の弱さがあって、感情に負けてしまったのだろう。たとえそうであっても、あってはならない恋心に溺れてしまって、こんな具合に命と引き換えにすべきだったのだろうか。相手の人にとっても迷惑なことであるし、自分の身も無意味なものにしてしまうべきだったのだろうか。昔からのしかるべき因縁があったからだ、と言いながらも、非常に軽率でつまらないことをしでかしてしまったのだ」などと夕霧はひそかに思っていましたが、柏木の妹でもある妻の雲井雁にさえ、漏らすことはありませんでした。このことでヒカルと話す適当な機会はなかったのですが、そのうちに「柏木が死ぬ間際に、こんな釈明をほのめかしていましたよ」と申し出て、父の反応を窺ってみたい、と考えていました。

 

 柏木の両親は涙が乾く間もないほど泣き沈んで、はかなく過ぎていく日数すら分からない状態でした。そのため法事用の法服や衣装、何やかやの急ぎの仕度なども、柏木の弟や妹たちがとりどりに準備しました。聖書や像の采配などは次男のロランが指揮を取りました。七日ごとの祈祷などの実施を息子たちが注意しても、アントワンは「もうそんなことを私に聞かせてくれるな。こんなにひどく歎き苦しんでいるのだから、これ以上苦しんだら、亡き人が進む道を妨げてしまうことになる」と死んだ人のようにぼんやりしていました。

 

 

6.夕霧の落葉上忌問とル・リヴォ夫人との談話

 

 ル・リヴォ城では、会えないままに死に別れてしまった心残りが消えずに、日が過ぎていくうちに、広い城内の人気が減り、心細げにひっそりとなって行きました。それでも柏木の生前中に親しく仕えていた人たちは、今もなお見舞いにやって来ました。柏木が可愛がっていた鷹や馬を管理していた者が皆、主人を失って塞ぎ込みながら出入りしているのを見る度に、悲しみは尽きません。個人が使い慣れていた調度品、いつも弾いていたリュートやハープなどの弦も取り外されて、音もたてずに放置されているのはうっとうしいことです。

 

 庭の木立が芽吹き始め、花も時節を忘れてはいない風情を眺めながら、物悲しく侍っている人たちも鈍色の喪服姿に身をやつしていて、寂しく所在もない昼頃、大袈裟に派手に先を追う前駆の声がして、馬車を止めた人がいました。

「何て悲しいこと。亡くなられたことも忘れて、ご主人様が戻って来られたと思い違いをしてしまった」と泣く侍女もいました。

 訪問者は何と夕霧大将でした。例のように落葉上の父の故大納言の弟の官位五位の辨の君か四位の宰相がお越しになったのだ」と皆が思っていたのに、気後れがしてしまうほど立派できちんとした物腰で城内に入って来ました。

 

 母屋の控えの間に座席を設けて、夕霧を迎え入れました。普通の客人のように侍女たちが応対するのも恐れ多いことと思われますので、ル・リヴォ夫人が対面しました。

「この度のご不幸を悼む気持ちは、しかるべきゆかりのある方々にも勝っておりますが、他人が立ち入ってしまうわけにもいかず、世間並みの型通りのお見舞いになってしまいました。とは言うものの、ご臨終の間際に私に言い遺されたことは一通りのものではありません。誰でも死を延ばすわけにはいかない世の中ですが、後に残された者のけじめとして、私が気付くことはさせていただいて、浅からぬ志のほどをご覧にいれたく思っております。

 このところ神事などが頻繁にある頃おいなのに、自分の感情に任せてぽつねんと引き籠ってしまい、王宮に出仕しないことは例がないことでもありますし、また忌中の慣習どおりに立ったままの挨拶では物足りないことだ、と考えて長いことご無沙汰をしてしまいました。柏木殿の父大臣などが悲嘆にくれておられる様子を見聞きするにつけても、親子の道の闇は申すまでもないとしましても、ご夫婦の仲が深く惹かれ合ったものでおられたことを推し測ってみると、たまらない気がいたします」と夕霧は語って涙を押し拭い、鼻をかみました。際立ってきっぱりした気高さながらも、親しみがあり、上品に落ち着いていました。

 

 ル・リヴォ夫人も鼻声になって返答しました。

「死別の悲しみは無常の世の中の習いでございましょう。どんなに辛くとも、歳を取った者なら『他にないことはないのだし』と強いて気丈に努めようともしますが、まだ若い第二王女はすっかり沈み込んでしまって、不吉なまでに、今すぐ故人の後を慕っていきそうな気配すら見せております。私はこれまで、とかく苦労ばかり重ねながら今まで生き永らえて来ましたが、柏木様に続いて娘にまで、はかない世の末の有様を見せつけられてしまうのではないか、と気持ちが落ち着きません。

 故人とは親しくされておられた、ということなので、自然と聞き及びになられていると存じますが、私は最初から二人の結婚にはあまり乗り気ではなかったものの、柏木様の父大臣の熱意が心苦しく、娘の父の朱雀院も好意的に結婚を許される気配がありましたから、『そういったことなら、私の思慮が足りなかったのだ』と思い直して、二人を一緒にさせました。それなのに、今回の夢のような出来事を見てしまうと、合点が行きました。『同じことなら、もっと自分の我を張るべきだった』と自分の心弱さをとても悔やんでおります。

 それにしても、このような早死にをされるとは思いも寄りませんでした。旧弊な考え方でしょうが、神聖な王女たちは神に仕えるべきであって、よほどのことがない限り、こんな具合に縁づくことは奥床しいことではない、と考えておりました。どっちつかずの、中空に漂うような不運な宿命になってしまったのですから、いっそのことこのついでに同じ土中に消えてしまったとしても、自分自身のためにも世間体を考えてみても、特に残念なことでもないだろう。とは言うものの、そうきっぱりとは思い切ることもできないだろう、といったいたわしい気持ちで娘を見つめておりました。そうした中で、とても嬉しく浅くはないお見舞いのお手紙を度々頂戴して、有難く感じておりました。

 それでは、故人が娘のことで貴方に言い残されたことがあったのですね。実を言うと娘に対して、それほど愛情があるようには見えなかった態度でおりましたが、『今が最期』と言って、どなたに対しても娘に関する遺言をされたことがあったことは身に沁みます。悲しい中にも、嬉しいことが混じるものですね」と話して、ル・リヴォ夫人はひどく泣きいっている気配でした。

 

 夕霧も涙を止めることが出来ません。

「柏木はとても不思議なほど大人びて老成した性格でしたが、こうなる決まり事だったのでしょうか、この二、三年来、ひどく陰気に心細そうにしていました。『あまりにも世の中の道理を思い知って、考え深くなった人は、頭が清明になり過ぎて、かえって心の温かみがなくなり、明晰な部分がひどく薄まってしまいますよ』と、いつも至らないなりに忠告しましたが、私のことを思慮が浅いと思っていたようです。

 それにしても落葉上はきっと人一倍、悲嘆にくれておられることであろうと、心中を察しております。恐れ多いことながら、本当にいたわしく存じます」と優しげに情愛細やかに話しながら、しばらくして城を去りました。

 

 亡くなった柏木は五、六歳ほど夕霧より年長でしたが、まだまだ若やいで優雅ななまめかしさを持っていました。これに対して夕霧はいたって生真面目で、重々しい男らしい気配を見せながらも、顔立ちだけは非常に若く美しい点が人より勝っていたので、若い侍女たちは悲しいことが少しは紛れたような思いで夕霧を見送っていました。

 前庭の近くにある桜がほころび始めているのを見て、夕霧は(歌)深草の野辺の桜よ 心あらば 今年ばかりは 墨染めに咲け といった歌を思い浮かべましたが、「墨染め」といった縁起が悪い句もあるので、(歌)春が来るごとに 花の盛りはあるものの その花と出逢うのは 自分の命次第なのだ という歌に替えて口ずさみました。

 

(歌)片方の枝が枯れてしまった この城の桜も 時が来れば 昔と変わらない花を咲かせましょう

と夕霧はさりげなく詠んで立ち去ろうとすると、素早くル・リヴォ夫人が返歌を詠みました。

(歌)今年の春は 衛門督が亡くなった悲しみのために 咲いたり散ったりする花の行方も知らずに ただ柳の芽に露の玉が貫くように 眼に涙の玉を宿すばかりでございます

 ル・リヴォ夫人は「大して深い才識があるわけではないが、風趣の才能はある」と評された、朱雀院の貴婦人でしたが、「なるほど気が利いた嗜みをお持ちの方だ」と夕霧は感じました。

 

 

 

        著作権© 広畠輝治Teruji Hirohata