その19.薄雲     (ヒカル 30歳~31歳) 

 

6.梅壺里帰り、春秋優劣論

 

 梅壺はかねてからヒカルが計画していたように、ヒカルがしっかりと後見役を務めたこともあって、冷泉王から格別な寵愛を受けていました。心遣いも態度も王宮の貴婦人として申し分なく見えますので、ヒカルも大切に世話をやいています。

 秋も半ばを過ぎて、梅壺は里帰りの形で王宮からシュノンソーに下りました。梅壺の見習い女官となった虹バラもお供をして来ましたが、フランス語が堪能な上に陽気で社交的な性格もあって梅壺のお気に入りになったようで、梅壺は妹ができたように楽しそうにしています。虹バラも彩り花やかな王城生活に満足している様子で、懸念したスパイ行為はほど遠いようなので、ヒカルは安心します。折りがあったらネーデルランドの白菊総督の様子を虹バラにゆっくり尋ねてみたいと考えながら、ヒカルは一行にあてがった別館を輝くばかりに飾り立てて、紛れもない父親のようにもてなし、面倒を見ます。

 

 秋雨が大層静かに降って、前庭に咲き乱れている色とりどりの草花に露のように注いでいるのを見つめていると、故人となったメイヤン夫人、夕顔、葵君、藤壺などをそれからそれへと思い出して、ヒカルは涙で袖を濡らしながら別館に出向きました。

 濃い鈍色の上着を着ているのは、世の中が平穏ではないことを口実に精進の気持ちを示すためでしたが、実のところは藤壺女院に向けたものでした。数珠をそっと隠して体裁よく振舞っている姿は限りなくなまめかしい様子です。父親らしく寝室に入り、内カーテンを隔てて侍女を介せずに直々に梅壺に話しかけます。

「前庭の草花がすっかり蕾を開いています。今年は不幸や不運が相次いだ年になっていますが、憂さを晴らすかのように開花の時節を知り顔で咲かせているのに胸が打たれます」と柱に寄りかかっているヒカルに大層美しく夕映えが射しています。

 

 メイヤン夫人のことを語りだして、あのサン・レオナール・ドゥ・ノブラで別れを惜しんだ明け方などに触れていると、物悲しい思いになってしまいます。

(歌)昔のことを思い浮かべると ますます亡くなった母を思い出して 露で袖が濡れてしまう

といった歌を梅壺は思い浮かべたのか、少し泣く気配が大層可憐で、ちょっとみじろぐ気配も類いなくなよなよしていて、優美な人のような印象を与えます。

 

「まだじっくりとお顔を拝見できていないのが残念ですね」と胸をどきどきさせてしまうのは困ったことです。

「若い頃は特に思い悩むこともなく過せたはずなのに、自分の性分から女好きなことに関しては物思いが絶えませんでした。そうすべきではない恋愛もあって、心苦しい思いをしたことが多くありました。そんな中でも、最後まで許し合うことができずに、気が塞ぐままで終ってしまったことが二つあります。まずその一つは、亡くなられた貴女の母君とのことです。私のことを『情けない男』と思いつめたまま他界されてしまいましたのが、『長く忘れることのできない憂いになってしまった』と気になっていました。ですからこうして貴女のお世話をさせていただくのがせめてもの慰みになります。今でもお隠れになった母君のことを思うと、やるせなくなってしまいます」と語りながら、もう一つは話さないままでいました。

 

「私が途中で無官の身に沈んでしまった時分に、ああしよう、こうしようと思いついていたことは少しづつ叶ってきました。リヨンから移ってシセイ城にお住みの人も、頼りない境遇なので始終、気掛かりになっていましたが、シセイ城に住むようになってからは落ち着かれました。心映えに憎い点もなく、お互いに理解し合っていますから、とてもさっぱりすがすがしい関係です。

 こうしてロワールに戻って来られて、表立って貴女の後見を務められる喜びなどはさして心に深く嬉しいとも感じておりません。こういった色っぽい方面のことは鎮め難いことですが、並一通りではない思いを我慢しながら後見をしていることはお分りになっておられますでしょうか。せめて『哀れみ深い』と思っていただけないなら、どんなに張り合いがないことでしょう」と話します。

 

 面倒な話になって梅壺は返答もしませんので、「やれやれ辛いことだ」と言いながらも、「さすがに踏み込みすぎた」と気付いたのか、「娘には手を出すな」と釘を刺したメイヤン夫人の言葉が頭をかすめたのか、他の話題に紛らわせていきます。

「今はもう、どうにかしてのんびりと余生を思い残すことなく、心のおもむくままに後の世に向けた勤行に籠もる暮らしをしていきたいと思っております。それでも、この世の思い出にすべきような点などがないのを、さすがに口惜しく思っております。子供は二人だけで、まだ幼い一人娘の生い先が待ち遠しくてなりません。恐れ多いことですが、私の一族が広がっていくように、私が死んだ後も、どうか娘を人数の中に入れてください」などと続けます。

 梅壺はおっとりと返答をかろうじて一言だけ言うだけでしたが、その気配が大層なつかしげなので、じっと聞き入りながら日が暮れるまで、しんみりと留まっていました。

 

「栄華を世に残したい、といった希望はともかくとして、一年の四季が移り替わる折々の花々や紅葉、空の様子を心行くままに味わってみたいと思っております。春の花の林、秋の野の盛りのどちらがよいか、人々はてんでに言い争っています。でもこうした論議でも『なるほど、その通りだ』と心が惹かれるほどの、明確な定めはありません。イタリアでは『春の花の錦に匹敵するものはない』と言われております。我が国では『秋のしみじみした情緒』が特に取り上げられています。どちらもその折々の風情に目移りがして、どうにも花の色や鳥の音色の区別をすることができません。

 せめて自分の狭い邸内にでも、季節ごとの心情が味わえるように、春に花を咲かす木々を集め植え、秋の草花を移し植え、さらにつまらない野原の虫も棲みつくようにして、皆さんにご覧にいれたいと考えていますが、貴女は春か秋か、どちらをお好みでしょうか」と尋ねました。

 

 梅壺は「中々、答えにくいこと」と思いながらも、「むげに黙って答えないのも都合が悪い」と考えて、「私ごときの者に、まして優劣をつける何の弁えがありましょう。それでも、いつの季節なのか分かりませんが、

(歌)いつのことだから 恋しくなるということはないものの 秋の夕暮れは 不思議と人恋しくなる

という歌のように、秋の夕べこそ、はかなく消えていく露とゆかりがあるように思われます」ととりつくろわないように言い消すように話すのが非常に可憐なので、ヒカルは我慢できなくなりました。

(歌)それなら貴女も 秋の夕風に 人知れず我が身をしんみりさせている私に 哀れみをかけてくださいな

我慢できない折々があるのです」と囁きますが、何の返事がありましょう。「合点がいかない」と思っている気配です。

 

 この機会にヒカルは胸の内に秘めている、恋心の恨み言を告げるつもりなのでしょう。もう少しで過ちを犯してしまいそうになりましたが、内カーテンの中にいる梅壺が「ひどく異様だ」と感じているようなのも道理ですし、自分自身も「年甲斐もなく、けしからぬことを」と思い直して溜め息をつきます。一方の梅壺はヒカルの奥深い優雅さすら「気に入らない」と思うだけでした。

 梅壺がそろりそろりと奥の方へ引っ込んで行く気配なので、「情けなくなるほど私を疎んじになりますね。本当に心が深い人は、そんな風にはなさらないものですよ。今後は何とか私をお憎みにならないでください。辛すぎますよ」と言って、ヒカルはその場を立ち去りました。

 梅壺はしめやかなヒカルの匂いが残っているのすら、疎ましく感じます。侍女たちは鎧戸を閉めながら、「絨毯にまで染み込んでいる移り香は何とも言いようがありません」、「どうしてあの御方は色々と良い所を揃えておられて、柳の枝に花を咲かせたような有様なのでしょう。恐れ多いことです」と囁きあっています。

 

 ヒカルは紫上がいる西館へ行きましたが、すぐには寝室に入らず、物思わしげに庭を眺めながら、居間の端近くに臥しています。燈籠を遠くの方に吊らせて、近くに侍女たちを侍らせて世間話をさせます。

「こうした身勝手な恋に胸を焦がしてしまう癖がまだ残っていたのか」と我が身ながら反省しました。「あんな振る舞いをしてしまうのは、本当に歳に相応しくないことである。昔にした恋は恐ろしく罪深いという点では、これよりずっと勝っていたが、若い頃の女好きは思慮が足りない年頃の過ちとして神もキリストも許してくれるだろう」と思うにつけても、「やはり恋の道にはあっさりして来て、分別が勝るようになって来たのだろう」と思い知りました。

 梅壺は「秋の情緒を知り顔で返答したのが悔しく恥かしい」と一身に感じて、悩ましそうにしていましたが、ヒカルはそれに一向気付かなかった振りをしながら、いつもより父親らしく振舞うようにしました。

 

「梅壺が秋に心を寄せて入る、というのも哀れ深いことです。貴女が春の曙に心を寄せておられるのも理にかなっています。季節季節の草木の花に寄せて、興を催すような催しをしてみたいのですが、公私の業務が多い身では相応しいことではありません。何とかして、かねてから望んでいるような勤行生活を送りたいのですが、ただ貴女が心寂しくなってしまうだろうと思うと心苦しくなります」などと紫上に語ります。

 

 

7.ヒカルのモントワール訪問

 

「あのモントワールの山荘の人も、どうされているか」と絶えず気になっていますが、ますます窮屈な身分に上がってしまって、訪れるのがさらに難しくなっていました。

「それにしてもサン・ブリュー上が『せっかくロワールに上がって来たのに、世の中が味気なく辛いこと』と思い込んでいる気配でいるのは、どういう心情からなのだろう。『気安い気持ちで本流のラ・ロワールの方へ出て行って、他の女性たちに混ざって通り一遍の扱いにされるのが嫌だ』と考えているのなら、身のほど知らずだ」と感じながらも、やはり愛おしさがつのって、例のラヴァルダンでの「一日一夜の不断の祈祷」にかこつけて、山荘を訪れました。

 

 サン・ブリュー上は住み馴れているのでしょうが、辺りの様子がひどく無気味なので、深い愛情を持たない者でも悲しみを覚えてしまいます。まして直に出逢ってしまうと、辛いであろう因縁がさすがに浅くはないことを思ってなのか、慰め難い雰囲気なのでヒカルは持て余してしまいます。

 大層繁っている木立ちの間から篝火の火影がちらちらして、庭水の流れに飛ぶ蛍に見間違えてしまうのも興趣があります。

 

サン・ブリューの潮風に馴染んでいなかったなら、こうした住まいが物珍しく感じたことだろう」とヒカルが言いますと、

(歌)サン・ブリューの浦で暮らしていた頃の 漁火を思い出させるあの篝火は あの時の漁火が

   私の憂いに同情して やって来たのでしょうか

私の物思いはサン・ブリューにいた頃と似ております」とサン・ブリュー上が答えました。

(返歌)浅くはない私の思いをご存知ないから 貴女の心は 今も篝火の影のように 騒いでいるのでしょう

世の中ははかないものと思うと 悲しくなるが 誰が貴女を 憂いの多い人と知らせたのだろうかといった歌もあるのに」とヒカルは逆恨みをしてしまいます。

 

 それでも少しは暇が出来て、気分が落ち着いた頃でしたので、勤行に専心して、いつもより長く滞在したので、サン・ブリュー上の胸の憂いも紛れたことでしょう。

 

 

 

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