その22.玉鬘       

 

4.玉鬘一行シャルトル詣でで、ミモザに遭遇

 

「さて、その次は大聖堂のうちでもシャルトル(Chartres)はフランスの中でも霊験あらたかな教会としてイタリアにまで知られています。まして遠い辺境の地と申しても、長年国内に住んでいるのだから、私どもの姫君にご利益をお授けにならないはずはありません」と言って、姫君をシャルトル詣でに行かせることにしました。よりよい功徳を得ようと馬車ではなく、苦行の徒歩で向うことにしました。

 

 不馴れな長歩きに姫君はとても辛く苦しいのですが、付添いの者が言うままに夢中で歩きます。

「私はどんな罪深い身で、こんな世の中を流浪しているのだろう。母君が亡くなっていて、私を不憫に思ってくれるなら、今おられる所へお呼びください。もし存命ならば、お顔を見せてください」と神に祈ります。在世中の母の面影など覚えていませんが、ただ「母さえいてくれたなら」と悲しく歎きながら歩いています。さし当たっては、何とも堪え難い思いで徒歩での苦行に幾度となく苦しみながら、四日目の早朝、シャトーダン(Chateaudun)を発ち、ようやく午前十時頃に生きた心地もせずにボンヌヴァル(Bonneval)に辿りつきました。しっかり歩いたわけではなく、あれこれ手当てをしながらだったのですが、足も動かすことができなくなったので仕方なく一休みすることになりました。

 一行は頼みとするベルナールを先頭に、弓矢を持った護衛が二人、下男と童女が三、四人、ドレスの裾をはしょった旅姿の主人格の女性が三人、下処理役の女と年老いた下女二人が従っていますが、非常に目立たないように質素にしています。

 

 ボンヌヴァルでお供えする灯明の買い足しなどをしているうちに日が暮れ出しました。休憩所の主人の僧侶がやって来て、「宿泊してもらいたい一行に用意していた部屋に、どこの輩を入れてしまったのだ。物も知らない女中たちが勝手なことをして」と腹を立てているのを「目に余ることを」と聞いているうちに、実際にその一行がやって来ました。この一行も徒歩でした。主人格は女性二人でしたが、召し使いは男も女も数多くいました。馬を四、五頭引いて、非常に人目を忍んで目立たないようにしていますが、こざっぱりとした男たちも混じっていました。

 僧侶は何とか一行を宿泊させようと、頭を掻きながらうろうろしています。一行は先客に迷惑をかけてしまう、と気にはなりましたが、今さら場所を変えるのも面倒です。先客の者を奥に入れたり、別部屋に隠れさせ、残りの者は部屋の片隅に追いやってありあわせの間切りの幕を張りました。後から来た一行は恥かしげではないものの、ひどくひっそりして、お互いに気を使いあっています。

 

 実は、後から来た一行の主人は常に夕顔の落とし児を泣き慕っているミモザでした。ヒカル邸の侍女として歳月が流れていくにつれて、中途半端な身を思い悩んで、度々シャルトル詣でをしていました。通い馴れているので、身軽な旅仕度で出て来たのですが、さすがに徒歩がしんどくなって、横になって休んでいました。

 そこへベルナールが間仕切りの近くに寄って来て、食事なのでしょうか、脚付きの食台を自ら手にして、「これを姫君に差し上げてください。食器類がきちんと揃っていないので、心苦しいですが」などと話しているのをミモザは聞いて、「その姫君は私どもとは身分が同じではないのだろう」と感じて、幕の隙間から覗いてみますと、その男の顔に見覚えがある気がしました。誰であるかは思いつきません。若い頃のベルナールは見知っていたのですが、太って顔が焼け、やつれていますので、多くの年月を経た目では、すぐには見分けがつかなかったのです。

 

「アルレット(Arlette)、お召しですよ」と呼ばれて寄って来た女性を見ると、これも見覚えがあります。「下級だったが亡くなった夕顔様に長く仕え、あのブルジュの隠れ家にも付き添っていた者だ」と分かると、全く夢のようでした。主人と覚しき人を見てみたくなりましたが、見えそうにありません。

 思いあぐんだ後、「それではこの女に尋ねてみよう。あの男はベリーと呼ばれていた者に違いない。ということは捜してきた落とし児がおられるということか」と思いつくと気が気でなくなります。間仕切りを隔てたアルレットに声をかけてみますが、食べるのに夢中ですぐにはやって来ません。はがゆく憎いと思ってしまうのは身勝手すぎる、というものです。

 

 ようやく「どなたでございましょうか。南仏に二十年ばかり住んで身分も低い私をご存知とおっしゃる都の御方、人違いではありませんか」とアルレット が寄って来ました。田舎びた、練り糸で織った濃紅の絹服を着て、ひどく太っていましたから、ミモザは自分の歳も思い起こして恥かしくなりましたが、「もっとよく見てご覧。私に見覚えがあるでしょう」と顔を突き出しました。

 アルレットは思わず手を打って、「あなた様でしたか。ああ嬉しや、嬉しや。どちらからいらっしゃいました。ご主人様はおられますか」とひどく大袈裟に泣き出しました。アルレットが若かった頃に見馴れていたことを思い出して、ミモザは積もる年月を数えると悲しくてありません。

「とりあえず乳母のロゼット殿はおられますか。若君はどうなりましたか。カティと呼ばれていたロゼットの娘さんは」と口にしますが、「夕顔様があっけなく死んでしまったことを今、話すと拍子抜けしてしまうだろう」とミモザははばかって、言い出すことはできません。

「皆さん、おられます。姫君も大人になられました。とりあえずロゼット様に報告してきます」と言って引っ込みました。

 

 奥にいた皆は驚いて「夢のような気がする」、「行方知らずになった時は、何とも言いようがないほどひどいと憎んでいた人に、こんな所で遭遇しようとは」と言いながら、間仕切りに寄って来ました。すぐに間仕切りがはずされ、屏風めいたものも押しやられて、語り尽くしがないほど泣きあいました。老いたロゼットはただただ「夕顔様はどうなされました。長い年月、夢にでも居場所を知りたい、と大願を立てて来ましたが、はるか遠い地に移住して、風の便りでも伝え聞くことがなかったので、どんなに悲しい思いをしたことか。老いの身になって、まだ生き残っているのも心苦しいことですが、見捨てられてしまった若姫が尊く、可愛らしくおられますので、黄泉路を渡る妨げになるのでは、と思い悩みながら生きながらえておりました」と言い続けます。

 ミモザはその昔、夕顔の君が急死した際にうろたえてしまった心境以上に、何と答えようか戸惑ってしまいましたが、意を決して「お話ししても甲斐はありませんが、あの御方はとうに亡くなっております」と言いますと、三人とも涙でむせ返ってせき止めることができません。

 

 お供の者たちが「日が暮れてしまいます」と騒ぎ出して、燈明の用意も整って急がせますので、気がせくもののミモザはとりあえず別れることにしました。「ご一緒に」とも言いましたが、お互いにお供どもが不思議がると思いますし、ベルナールにすら事情を話す余裕もありません。ミモザとロゼットたちの二組にはもはや恥じらいもなく、シャルトルに向いました。

 ミモザは気付かれないように乳母の一行に眼を留めてみると、一行の中に美しそうな後姿が、ひどく疲労した様子で、夏用の薄手の衣服を着込み、後ろ髪から漏れる光りが目新しく立派に見えました。「おいたわしそうで、可哀想になる」とミモザは後姿をじっと見やります。

 

 ミモザ一行は少しは歩き慣れていましたから先に大聖堂に着きました。乳母たちは姫君の介抱に難渋しながら、ようやく初夜の勤業が始まる時分に到着しました。

 聖堂内は非常に騒がしく、礼拝者たちで混み合い怒鳴りあっていました。ミモザたちの席はキリスト像に近い上座でした。乳母たちは馴染みが浅いせいか、遠い西側の席をあてがわれましたので、「やはりこちらにいらっしゃい」とミモザが案内をさせましたので、男たちをそこに残し、ベルナールには「これこれしかじか」と簡単に説明して上座に移りました。

「ご覧のように大した身分ではありませんが、目下のところ、太政大臣にお仕えしておりますので、こんなひっそりした少人数の道中でも、ごたごたするようなことはないと安心しております。こうした場所では、田舎びた人たちには不心得者たちが侮辱したりしますので、姫君には申し訳ないことです」とミモザはあれこれ話をしたいのですが、おごそかな説教や聖歌が始まって騒々しくなりましたので、礼拝に専念しました。

 ミモザは「長年に渡って心の中で『何とか、落とし児に逢わせてください』と願い続けて来ました。何はともあれ、こうして出逢うことができましたので、今はもう、かねがね『夕顔様の子を尋ねあててみたい』と真剣に思し召しておられる太政大臣にお知らせして、姫君が幸せになりますように」との思いを祈ります。

 

 シャルトルには方々の地方から大勢、詣でていました。地元のユール・ロワール(Eure et Loir)県知事の正夫人も詣でていましたが、その盛大な勢いをアルレット は羨んで、「聖母マリア様、他に申し上げることはありません。ただただ私どもの姫君をオクシタニー地方長官の正夫人でなければ、この県の長官夫人にさせてください。そうなれば、私どももそれ相応の厚遇を受けるようになります。それが実現しましたなら、お礼参りをいたします」と額に手を当てて念じています。

 それを聞くミモザは「何とまあ、とんでもないことを言っている。本当にひどい田舎者になってしまった。父親のアントワン殿は昔の中将時代でも世評が高かったのに、まして今は世の中の政治を担われておられる内大臣なのですよ。どれほど立派な一族の一員に入る姫君を身分が劣る長官夫人に決め込んでしまうとは」とアルレット に告げますと、アルレットは「何をおっしゃいます。たとえ大臣や上流貴族を持ち出されるとしても、オクシタニー地方長官が地元の聖母マリア教会を詣でられた際の豪勢さと申したら、王さまの行幸に劣りもしませんよ。とんでもないことを言われる。むかつきますね」と答えて、なおさら合掌の手を離さずに一心に祈っています。

 

 モンペリエの一行は三日間シャルトルに籠もる予定でした。ミモザは三日も滞在するつもりはなかったのですが、「この機会にゆっくっりと話をしよう」と引き続きシャルトルに滞在することにしました。懇意にしている高僧を呼んで願文の主旨を説明しますと、さすがに願文の書き方などは熟知していますから、手馴れたことと「ご承知でおられますブルジュのお嬢様のことでお祈りします。その御方にこのほど、出逢うことができました。その願果たしのお礼もいたします」との願文を仕上げましたが、側で聞いていたモンペリエの人たちも感動しました。高僧も「誠に結構なことです。不断に祈り続けた霊験が現れたのでございましょう」と喜んでいます。

 その夜は一晩中、礼拝堂での祈りや聖歌が賑やかに続きました。夜が明けてから、気心が知れた高僧の宿坊へ向いました。「心置きなく積もる話をしよう」ということなのでしょう。姫君がひどく質素にしているのを恥かしそうにしている様子をミモザはとてもめでたく感じます。

 

「思いがけずに高貴な所に奉公をして、多くの婦人たちを見てきましたが、太政大臣の奥様の容貌に似た人はおられない、といつも思っておりました。また、先頃誕生されたサン・ブリュー姫も当り前のことですが美しくご立派ですし、大臣が大切に可愛がっておられるのは並々ではありません。それでも夕顔の姫君はこんなにやつれた様子なのに、お二方に劣っていないように見えるのを有り難く存じます。

 太政大臣は父王の時代から、周囲の貴婦人や后、それより身分が下の女性たちも余すことなく見てこられましたが、そんな中でも現王の母后とサン・ブリュー姫の器量こそが『優れて良い人と言うのだろう』と話しておられます。現王の母后は見たことはありませんが、私が拝見した限りでは、サン・ブリュー姫は確かにお綺麗ですがまだ成長しきっていないので、この先がどうなるか分かりません。そうなると私がお仕えしている紫上の器量こそ、誰も並び立つ人はいないように見えます。大臣も『紫上が誰よりも勝っている』とお考えなのでしょうが、口に出してまで美貌な女性の数には入れてはおりません。『私の正夫人になれた、とは分不相応だね』と冗談をおっしゃたりしていますが、お二人の様子を拝見していると、寿命が延びる気がいたします。

 そんな紫上のような御方がおられるだろうか、と考えておりましたが、姫君のどこが紫上に劣っておりましょうか。物には限りがありますから、いくら勝っていると言っても、頭から後光を放たれておられるわけではありませんが、姫君の方が勝っていると言ってもよいでしょう」とミモザは微笑みながら姫君を見やっています。

 

 ロゼットも嬉しく感じて、「こんな素晴らしい有様の御方をもう少しで怪しい世界に沈めさせてしまうところでした。それが惜しく悲しいので、家も財産も捨て、頼みとすべき息子や娘たちとも引き別れて、今ではむしろ未知の気持ちがするロワールへ上がって来ました。あなた、早く良い方向へ導いて下さいな。高貴な身分の御方に仕えておられるのですから、自然と交際の便宜もあるでしょう。姫君の父親でおられる内大臣の耳に入るようにされて、娘の数のうちに入れていただくように計らってください」と言います。姫君は恥かしく思ってか、後を向いています。

「いえいえ、私は侍女としても数にも入らない身ですけれど、太政大臣がお側近くで召し使ってくれています。何かの折りごとに『あの落とし児はどうしておりますでしょう』と私が話すのを聞いて、『どうやったら捜し出せるだろうか、を考えている。何か聞き出すことがあったら知らせてくれ』とおしゃっております」。

「太政大臣がどんなにご立派であられても、先ほど話されたような高貴な女性たちがおられるではないですか。まず実の父でおられる内大臣にお知らせするようにして下さい」などとロゼットが言い返しました。

 

 そこでようやくミモザはヒカルと夕顔との経緯を語り出しました。

「太政大臣は夕顔様をどうしても忘れ難く、悲しいことと思われていまして、『あの方の身代わりに落とし児を世話したい。自分は子供が少なく寂しいのだから。世間には、自分の子供を捜し出したと話すから』とずっと以前から話されています。あの時分は私も分別が足りず、色々と遠慮することも多くて、あなた方を捜し出すこともできずに時が過ぎて行きました。ご主人がオクシタニー地方庁の少弐になられたことは名前を聞いて知りました。少弐殿がシュノンソーの邸に暇乞いに来られた際に、そっとお見かけしましたが、声をかけてみることができずじまいでした。それと言うのも、『姫君はあのブルジュの邸に留めておかれるだろう』と思ったからです。それにしても、なんて恐ろしいこと。姫君は南仏の田舎者になってしまうところでした」などと語りながら、丸一日、昔話で過ぎました。

 

 宿坊は参詣人を見通せる所にありました、眼下を流れる川はユール(Eure)川でした。

(歌)二本の糸杉が生える この地を訪れなかったら ユール川のほとりで姫君にお逢いできなかった

「『再会を祈りながら 川辺を渡ったユール川の流れに 嬉しいことに出逢えたとはと言った歌もありますし」とミモザは姫君に語りかけました。

(返歌)昔のことは知りませんが 今日 ユール川のほとりで 貴女に逢えたので 

     嬉し涙でこの身までが流れてしまいそうです

と返歌を詠みながら嬉し涙を流している姫君の様子に好感が持てました。

 

「姿形がこんなに美しく清らかであっても、田舎びて野暮ったかったなら、どんなにか玉の瑕でしたでしょう。本当に愛しいことです。どうしてここまで麗しくご成長されたことでしょう」とミモザはロゼットの心配りを嬉しく思います。「母親の夕顔様は単に若やいでおおらかで、なよなよと柔和な人柄でした。姫君の方は気高く恥かしげで、振る舞いなども由緒ありげです。オクシタニー地方に魅力を感じますが、他に見る人は皆、田舎じみているので合点がいきません」とも言います。

 日が暮れると大聖堂に参り、次の日も勤業をして過しました。秋風が谷の方からはるかに吹き上がって、大層肌寒いので皆、物悲しい心地がして、万感の思いでいます。ロゼットたちは「人並みな境遇を得ることすら難しい身だ」と思い沈んでいましたが、姫君はミモザがあれこれと話をした中で、父の内大臣のあれこれ、さしたることもない女性が生んだ子供たちまでも皆、大事にされているのを知って、「私のような日陰者でも期待を持てるのだ」と思っています。

 宿坊を去る時はお互いの住所を確認し合いますが、「もしまた行方知らずになってしまったなら」と不安にもなります。ミモザの自宅はヴィエルゾン(Vierzon)でしたので、サンセールはさほど遠くはなく、やりとりをするにも訪問し易いので安心です。

 

 

5.ミモザ、ヒカルに夕顔の若姫の健在を報告

 

 シャルトルから戻ったミモザはすぐにヴィランドリー城に上がりました。「夕顔様の落とし児との出逢いをそっと知らせる機会があるかも」と気がせきます。城門を過ぎると辺りの気配がとても広々としていて、出入りする馬車が多く迷ってしまうほどです。数にも入らない身で出入りするのが眩い心地がする立派な城内でした。

 その夜はヒカルと顔を合わせることはなく、あれこれ物思いをしながら寝ました。翌日、ヒカルは前の晩に里から戻って来た上級や若い侍女たちの中からミモザを選んで召し出しましたので、ミモザは光栄に感じました。

 

 ヒカルはミモザを見て、「どうして長い間、実家に戻っていたのだ。実直なお前がうって変わって若返ったのかね。きっと面白いことがあったのだろう」といつものように気を揉ませるような軽口をたたきました。

「休みをいただいて七日ほどでしたが、何も面白いことなどございません。徒歩でシャルトルの大聖堂詣でをしましたが、忘れ難い人が見つかりました」、「誰だね、その人とは」とヒカルが問いますが、「不用意に話してしまうのは。紫夫人にも話さずにご主人だけに申し上げたと後で知って『分け隔てをした』と不快に思われてしまうだろう」などと迷いながら、「いずれお話し申し上げましょう」と答えているうちに、侍女たちがやって来ましたので、そのままになりました。

 

 日が暮れて灯がともり、くつろいでいるヒカル夫妻の様子は見ごたえがあります。紫上は二十七か二十八歳になったでしょうか、女盛りで美しく成熟しています。少しの間不在をしていただけなのに、また一段と色香を増したように見えます。夕顔の姫君を「大層美しく、紫上にも劣らない」と感じましたが、思いなし、やはり紫上の方が格段にこの上なく、「幸せがあるかないか、とでは違いがあるものだ」と実感します。

 ヒカルは就寝する前に足を揉ませにミモザを召し出しました。

「若い侍女に揉ませると『辛気臭い』と嫌がるからね。やはり昔からの馴染みだと気心を知り合っているから、しっくり行く」と言っているのを聞いて、他の侍女たちは「確かに。お側に仕えさせていただくのは嫌ではありませんが、面倒くさい冗談を言われるのが煩わしくて」などと言い合っています。ヒカルも「昔なじみだから、と打ち解けすぎてしまうと、紫上も機嫌を悪くしてしまうからね。そうした気性がなくはない人だからね」などとミモザに言って笑います。

 

 ヒカルは三十歳半ばに近づいて、大層愛嬌がついて、おどける仕草すら添えるようになっています。公的な仕事はありますが、表面上は多忙な様子は見せず、のどやかな生活を思うように過し、他愛もない冗談を言ってみたり、おかしそうに侍女たちの心のうちを試したり、ミモザのような古くからの侍女と戯れたりしています。

「その尋ね出した者、というのはどういう人なのだ。尊い修行僧とねんごろになって連れて来たのか」と問いますと、「何てひどいことをおっしゃいます。露のようにはかなく消えてしまった夕顔様のゆかりの御方を見つけたのでございます」、「それは哀れ深いことだ。これまでどこにいたのだね」と問いますが、ありのままには言い難いので、「すごい遠地におられました。昔の同僚の一部が変わらずに姫君に仕えておりましたので、夕顔様が亡くなられた当時のことを話しましたら、ひどく堪え難い思いをしておりました」などと報告しました。

「分かった。そうした事情を知らない御方が側におられるから」とヒカルが遮りますと、紫上は「まあ、煩わしい言い方をされますね。私は眠たいので、聞く気もないのに」と袖で耳を塞いだりします。

「容貌などはあの当時の夕顔に劣ってはいないか」と尋ねますと、「とても夕顔様のようにはおられないだろうと思っておりましたが、この上なくご立派に成長されておりました」と告げました。

「それは興味深いことだ。どなたくらいの御方だと思うか。ここにいる夫人ほどか」と聞きますので、「いえいえ、そこまでは」と答えますと、「得意顔をしているから、何となく分かる。私に似ているのなら安心なのだが」と実の親めいて答えました。

 

 その話を聞いた後、ヒカルはミモザ一人を離れた場所に呼び出して、「それなら、その人をこの城に招こうではないか。これまで何かの折りに、落とし児の行方を失って悔しかったことを思い出していたから、見つかって嬉しい思いがした。今までほっておいたのが無駄であった気がする。父親の内大臣に知らせる必要はない。アントワンは沢山の子供が騒がしいほどいるのだから、物の数にも入らないような者が、今になって兄弟の中に混じって行くのは、かえって中途半端になってしまう。私は子供が少なくて寂しい思いをしているのだから。世間には思いがけない所から子供を捜し出した、ということにする。女好きの者どもがこの城に入り浸る材料にして、やつらの気をひどく揉ませることにしよう」と切り出しましたので、ミモザは何はともあれ、嬉しく思いました。

「思召しのようになさいませ。内大臣にお知らせすることは、太政大臣殿を差し置いて、どなたがお出来になるでしょう。空しく亡くなられた夕顔様の代りに、ともかくお引取りになられるなら、罪も軽くなることでしょう」と答えますと、「大層、恨み言を言うではないか」とヒカルは微笑みながら涙ぐんでいます。

 

 

 

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