3.ニオイ卿、侍従から浮舟の最期を聞く

 ニオイ卿は依然として浮舟の死が夢のような思いがしていて、「どうして急に起きてしまったのだろうか」とそればかり気が晴れないので、ジェラルドなど例の人たちを呼んで、ジゼルを迎えにコンフランに遣りました。

 浮舟の母君はセーヌ川の水の音や気配を聞くにつけ、どうしても自分も飛び込んでしまいたくなって、悲しく情けない気持ちを静めることが出来ないので、とてもやるせなくなって、パリに帰っていました。侍女たちが祈祷をする聖職者を拠り所にひっそりと過ごしている中、ジェラルド一行が入って来ました。大袈裟に偉そうに立ち回っていた宿直人たちも見咎めずにいました。

「生憎なことに最後の時に、ニオイ卿を邸内に入れることが出来なかった」とジェラルドは思い出して、ニオイ卿が気の毒になりました。あるまじき恋慕に思い焦がれるニオイ卿を見苦しい思いで見やっていたものの、コンフランにやって来てみると、ニオイ卿が通って来た夜の有り様や浮舟がニオイ卿に抱かれて小舟に乗り込んだ様子は品が良く美しかったことを思い出すと、気丈に振舞う者はなく、しんみりとしていました。

 逢いに出たジゼルが泣いているのももっともなことでした。「ニオイ卿がこう言われるので、迎えに参りました」と告げると、「周りの者が『おかしなこと』と言って変に思うでしょうし、この服喪が明けてから、『急に用事が出来たから』と言っても、少しもおかしく聞えないようになってからなら。私が思いのほか生き長らえて、少しは心が落ち着いた折りがあれば、ご指示がなくともニオイ卿に逢いに出掛けて、本当にとても夢のようであったことなどをお話しします」と言って、今日は動きそうにありません。

 ジェラルドも涙を流して、「と言っても、私はお二人の仲については詳しくは知りません。物事の道理は分かりませんが、ニオイ卿の比類も出来ない志を見聞いていながらも、『何もあなた方と急いで出逢って話を聞くということもないのでは。いずれはニオイ卿の期待に応える時もあるだろう』と感じていました。言う甲斐もない姫君の悲しい出来事の後は、私のあなた方への心持ちは一塩深まっています」と返答しました。

「とは言うものの、わざわざ馬車の手配まで配慮して、私を迎えに寄越したのですから、空しく戻って行くのは気の毒です。もう一人の人にお越しいただけたら」とジェラルドが言うので、ジゼルは侍従を呼び出して、「それではあなたが伺いなさい」と話します。侍従は「私などがなおさら何を話せましょう。その上、服喪が明けていないのに、どうして行くことが出来ましょう。ニオイ卿の身の清めにはならないのでは」と答えました。

「病になったせいで、様々な精進をされましたが、あえて身を清めることはされないお気持ちです。姫君とあれほどの深い契りがあったのですから、本来は,喪に籠るべきなのでしょうが。服喪の日も残り少なくなっています。やはりお一人でも来てくれれば」と説得するので、侍従は「いつぞや見たニオイ卿の様子がとても恋しく感じて、いつかまたお目にかかりたいと願っていたから、こうした折りに」と思って、ニオイ卿邸に行くことにしました。

 

 服喪の黒い衣服を重ね着して、身だしなみを整えた姿はとてもすっきりしています。ただスカートだけは自分より目上の人が亡くなることはないと油断していたので、鈍色のものに変えること出来ず、薄紫色のものを付き人に持たせました。「姫君が存命だったなら、人目を忍んでこの道をパリに向かったのだろう。私は秘かにニオイ卿に好意を抱いていたのだが」と痛ましくなって、涙をこぼしながらパリに着きました。

「この人が参りました」と聞いて、ニオイ卿はしんみりとしました。マドレーヌにはあまりにも都合が悪いので伝えずにいました。本殿にいて、事情を馬車から下ろしました。

 亡くなる前の姫君の様子などを詳しく尋ねたので、侍従はその数日の思い嘆いている様子、亡くなる夜の様子やおかしなほど言葉少なでぼんやりしていて、心配と思っていることも人に打ち明けることが難しいように控え目にしているだけで、言い残すこともなかったこと、ジゼルや侍従なども、そうやって入水などを心深く覚悟していたとは思いも寄らなかったことなどを詳細に話しました。

 ニオイ卿はますます耐え難くなって、「死んでしまったことはともかくとして、どんなにか強い決心をして身を投げてしまったのだろう」と思うにつけても、「入水をするのを見つけて堰き止めることが出来ていたなら」と腹が煮えかえる心地になりましたが、何の甲斐もありません。

「手紙類を焼き捨てていた時などに、私たちはどうして不審を持たなかったのか」などと、侍従は一晩中、語り明かしました。母君への返信向けに、聖職者が読み上げた聖書の巻数を書いた紙に、「後の世で再会することを」、「私の命はこれきり」と浮舟が詠んだ歌なども話しました。

 ニオイ卿はそれほどの者とも見ていなかった侍従も親しく可哀そうに思ったので、「私の許で仕えなさい。マドレーヌと疎遠でもないのだから」と言うと、「仕えるとしても、今の状態では悲しみに暮れるばかりなので、この忌みが過ぎてから」と侍従が答えました。「それなら、その後に参りなさい」とニオイ卿はこの侍従すら残り惜しく感じました。

 侍従は明け方にコンフランへ帰って行きますが、浮舟用に準備していた櫛箱一揃い、衣装箱一揃いをニオイ卿は贈りました。浮舟のために用意させた品々は多くありましたが、大袈裟にならないように、ただこの人に適った品を贈りました。

 そうしたつもりもなくヴァンセンヌ邸に参ったので、「こうした頂戴物を仲間の侍女たちがどう見ることだろう。思いがけず困ったことになった」と戸惑ったものの、侍従は断ることも出来ません。コンフランに戻ってから、ジゼルと一緒にこっそりと贈り物を見ました。急いですることもなかったので、二人は丹念に集めた目新しい品々を見ていると、悲しくなって涙を流しました。衣装も非常に美しく仕立ててあるものばかりなので、「服喪の際中にこうしたものをどうやって隠したらよいのか」などと侍従はもてあましていました。

 

 

4.カオル、ジゼルに浮舟の死の事情を聞く.

 カオル大将もやはり判然としないので、思い余ってコンフランを訪れました。道すがら、昔のことどもがあれこれ浮かんで来て、「どういった因縁で第八卿の許に通うようになったのだろうか、そして思いもかけなかった浮舟まで面倒を見るようになったのだろうか。第八卿とのつながりで、あれこれ物思いをするようになったことだ。とても尊い存在だった第八卿を通じて、イエス・キリストを道しるべとして、未来の世界を心がけていたのに、ジュヌヴィエーヴに惚れこんでしまった汚れた心の結末の方便として、キリスト様が思い知らせたのだろう」と思ったりしました。

 ジゼルを呼んで、「どうしてこうしたことが起きたのか、しっかりと聞いていない。やはり限りなく嘆かわしく空しい気持ちなので、服喪の日が残り少なくなったので、それが過ぎてからと思っていたのだが、我慢しきれずに訪ねて来た。浮舟はどんな心境で、急に亡くなってしまったのだ」と問いました。

 老いたベネディクトなども姫君の様子を見ていたのだから、結局のところ耳に入ってしまう。なまじっか隠して、辻褄が合わないように話してしまうと、真相を損ねてしまう。ニオイ卿との怪しげな出来事があったからこそ、あれこれ嘘を思いめぐらすようになっていたが、こんな真面目な様子を目の当たりにしてしまうと、あらかじめ「こう言おう、ああも言よう」と用意していた言葉も忘れて困ってしまったので、ジゼルは実際に起きた本当のことを話してしまいました。

 カオルが予想をしていた以上のことなので、情けなく堪えきれない話しに絶句して、何も話せません。「一体そんなことがあるものだろうか、と思ってしまう。普通の人が思ったり言ったりすることでも、浮舟はひどく言葉少なで、おっとりとしていたのに、どうして入水のような恐ろしいことを思い立ってしまったのか。この邸の人々は、ニオイ卿が浮舟を隠そうといるのを取り繕って言っているのではないか」と心が掻き乱れました。

 しかしニオイ卿が悲嘆にくれていた様子は明白だったから、ニオイ卿が隠したのではない。実際、この邸の様子は平然としている。嘘をついている気配は自然と見えてしまうものだが、訪れて来たにつけても、上下の人々が集まって悲しく大変なことが泣き騒いでいるのを見聞きする。「誰か浮舟のお供をして亡くなった者がいるのだろうか。もっと実際に起きた様子を詳しく話してくれ。まさか浮舟が私をいい加減な者と思って背いたのではない、とも思う。どういったわけがあって、突然そんなことをしてしまったのだろう。私はとても信じられない」と告げました。

 ジゼルは可哀そうになりながら、「だからこそ」と困ってしまいました。

「自然とお聞き及んでいることでしょう。第八卿の娘として思うようにはならず、ピュイ・ド・ローム(Puy de Dôme)で育った人で、都会から離れたこちらに住み出した後は、いつからともなく思いに沈むようになりました。カオル様が時たまお越しになるのを待ちながら、前々からの不幸せな身の嘆きすら気を晴らしながら、言葉で口にすることはないものの、『いつになったら、ゆったりとした気持ちで、時に応じてお逢い出来るだろうか』と思い続けていました。ようやくカオル様の近くに迎えられる願いが叶うに私どもも聞いて、侍女たちも嬉しく思って、引っ越し準備を急ぎ、あの母君もようやく気分が晴れて支度を進めていました。

 ところがあなた様から『あなたが婀娜っぽい心を持つようになったと知らずに』といったお便りがあって、宿直で仕える人たちも『侍女たちが大雑把にしている』などとあなた様が警告されたことを話して、物事を理解していない荒れくれた田舎者たちが姫君とニオイ卿の怪しい関係を言い立てたりしました。その後、久しくあなた様から知らせなどもなく、幼い頃から『自分は情けなく辛い身なのだ』と自覚していた上に、母君が『何とか一人前の人と見なされるように』とあれこれ思い案じているのに、『なまじっか人に笑われるようになったら、どんなにか落胆してしまうだろう』などと思い詰めて、いつも嘆いていました。その点より他には、どういったことを考えていたのかは思い当たりません。魔物などが姫君を隠したりしても、少しは後に残していく物もあるはずなのですが」と泣き入っている様子が悲しそうだったので、「どういったことから」と疑う気持ちもなくなって、カオルも涙を堰き止めることが出来ません。

 

「私は自分の身を思うようにすることが出来ず、何をしても目立ってしまう有様なので、『はっきりと分からない』と思っている折りでも、いずれ近くに引き取って、浮舟が気を使うこともなく気楽に出逢えるようにして、末長く面倒を見ようと思いつつ過ごして来た。そんな私の態度をいい加減だと見なして、『中途半端だ』と判断したのではないかと思われる。今さら、そんなことは言わない方が、とは思うが。また誰も聞いてはいないだろうが、ニオイ卿との関係についてだ。いつから関係があったのだろうか。ニオイ卿はああしたように、とても苦々しいほど女の心を惑わしてしまう男だから、ニオイ卿と常に逢えないもどかしさを嘆いて、自分の身を亡きものにしたのではないか、と考えている。もっと詳しく話してくれ。決して私に隠してはいけない」と話しました。

「確かにニオイ卿と姫君の関係を聞いているのだ」とジゼルは気の毒になりました。「とても心苦しく浅ましいことを聞かれていたのですね。私は姫君のお側を離れることはなかったのですが」とジゼルは一息付けました。

「ご自身も聞かれたことでしょうが、いつぞやマドレーヌ様の許に内密に身を寄せていたのですが、浅ましいことに思いがけずニオイ卿が姫君の部屋に入って来たので、乳母や私が手厳しく言い立てて、出て行ってもらいました。姫君が怖気づいてしまったので、あの殺風景な家に移ってもらいました。その後は『音沙汰もなくなった』と思えて、終わっていたのですが、どうやって聞き込んだのでしょうか、ついこの二月頃からコンフランに尋ねて来るようになりました。ニオイ卿はとても頻繁に手紙を送って来ましたが、姫君はあまり見ることはしませんでした。私などが『そんなようでは申し訳ないし、がっかりさせてしまいます』などと話すので、一度か二度、返信をしました。その他のことは私は何も知りません」と話しました。

「どうせジゼルはそう言うに決まっている。強いて問い詰めるのも気の毒だし」とカオルはじっと考えにふけましたが、「浮舟はニオイ卿を『素敵で愛らしいお方だ』と慕ったとしても、さすがに私の方をいい加減には思っていなかったので、何ともはっきりさせることが出来ず、心細い気持ちになって、近くに流れるセーヌ川を頼りにして、入水を思い立ったのであろう。私がここに放り込まなかったなら、ひどく辛い世の中だからと言って、どうして『身を投げれば、深い谷でも浅くなる』と思い求めてしまったのだろう。水ととても悲しい因縁があったのだろうか」とセーヌの流れがたまらなく嫌になりました。

 ここ数年、「愛しい」と思い染めた人に逢いに、荒れた坂道を生き帰りしたが、今になってこの地が心苦しく、コンフランという地名も聞きたくもない心地がする。マドレーヌが浮舟を姉の身代わりの、最後は水に流されてしまう「人像」と表現したのも不吉なことだが、「ただただ自分の過ちで失った人なのだ」と思い続けました。

 やはり母君は身分が低いことから、葬式はひどく貧弱に簡素に行ったのだろう、と納得はしなかったが、ジゼルから事情を詳しく聞くことが出来た。それにしても母君はどんな思いでいるのだろう。あの程度の人の娘としては、浮舟はよく出来た人だった。ニオイ卿との仲は必ずしも知る由もないが、私がジョセフィンを正妻にしているので、自分にどういったことが起きるのだろうと心配していたのだ、とあれこれ不憫に思いました。

 物忌みをすることはありませんが、お供の人々の手前もあるので、室内には上がらず、馬車の踏み台を取り寄せて、戸口に座りますが、何となく体裁が悪いので、こんもりした木の下の苔の上にしばらく座っていました。

「これからはここに来るのは気が進まない」と辺りを見廻しました。

(歌)自分もまたこの悲しい山里を捨てて 荒れ果てさせてしまうと 一体誰が宿木のあるこの邸を追憶するのだろう

 今は司祭に上がった助祭を呼んで、浮舟の供養について依頼し、祈祷者の数も増やしました。「自分はとても罪深いものだ」とカオルは思うので、「罪を軽くすべき事をするべきだ。七日ごとに祈りとキリスト様を供養すべき」など、細々と指示をした後、大層暗くなったので帰って行きますが、「浮舟が生きていたなら、今宵に帰ることはなかったのだが」とだけ思っていました。

 ベネディクトに声をかけましたが、「私はとてもとても忌まわしい身だけに思い沈んでいて、何もものが分からないようになっております。耄碌して横になっています」と伝えて出て来ないので、強いて逢いに行かずにいました。

 道すがら、もっと早く近くに迎え入れなかったことが悔しく、セーヌ川の水の音が聞こえて来る間は、気持ちだけが掻き乱れて、「遺骸すら尋ねようともしないで、あっさりと止めてしまった。どんな様子で水底の貝殻と混じっているのだろう」とやるせない思いでいました。

 

 

5.カオルの母君慰安と浮舟供養。カオルとニオイ卿の誠意の差

 浮舟の母君はパリの邸に出産が間近い娘がいて、忌中の身を嫌がるので、邸には戻らず、仮の宿に泊まりながら、気が晴れる折りはありません。もちろん「娘の出産はどうなることか」と懸念していましたが、娘は無事に出産しました。不吉な身なので、娘の見舞いにも行かず、他の子供たちのことなども頭に浮かばず、浮舟のことばかり思い乱れて過ごしていると、内々でカオル大将の使いがやって来たので、物思いが絶えない中で、大変嬉しくしんみりとしました。

「嘆かわしい出来事にまずは追悼を伝えようと思っていたのに、心も穏やかではなく、目も眩む気持ちがして、『まして母君は我が子を思う闇に、どんなに狼狽えていることか』と、そんなことを察しながら過ごしているうちに、空しく日が経って行きました。無常な世の中に心を落ち着かせることが出来ません。思いも寄らず私が長生きをしたなら、私を過ぎ去った人の形見の者だと思って、必要なことがあったら、尋ねて来て下さい」などと、細やかに書いた手紙を例の事務長を使いにして渡しました。

「あれこれのんびりと思いながら、この年月を送って来たので、あなたは必ずしも愛情がないように私を見ていたのかも知れない。けれども、これからは何事につけても、あなたを忘れることはありません。どうか、そのように秘かに思っていて下さい。まだ小さい子供達が大勢いるようですが、王宮に仕える場合は必ず私が後見をいたしましょう」と事務長を通じて伝えました。

 母君は「ひどく忌む性質の穢れでもないので、娘の出産は深く身を清めるほどでもなく、私には影響はありませんので」と言って、事務長を室内に呼び入れて、涙を浮かべながら返信を書きました。

「ここ数年は姫君の心細い様子を眺めては、それは身分の低い私のせいだと思っていましたが、有り難いお言葉をいただいたので、行く末長く期待をしていました。しかしその甲斐もなくはかなく亡くなってしまったのは、コンフランという山里との因縁がとても辛く悲しいことです。あれこれと子供達への嬉しいお言葉をいただき、寿命が伸びて、今しばらく生きていることが出来れば、『やはり子供達のことでお願いをするようになる』と思うにつけても、目の前が涙で溢れて、書き尽くすことが出来ません」などと書きました。

 使いの事務長に普通の贈り物をするのはふさわしくない場面ですが、何も贈らないのも物足りないので、カオル殿に差し上げようと考えて用意していた、珍しい班絞のある犀の角の石帯や立派な剣などを袋に入れて、事務長が馬車に乗る際に、「これは亡くなった人の志です」と言って贈りました。

 事務長はカオル邸に戻って母君の贈り物を見せると、「思いもかけないことをするのだね」と呟きました。事務長は「母君と対面しましたが、ひどく泣きながら色々のことを話されました。『小さい子供達のことまで話されたのは、とてももったいないことです。また取るに足らない身分の者なのに、かえって恥ずかしくなります。人にはどういったつながりでなどと教えないようにして、見苦しい子供達を皆、カオル様の邸に差し上げて、奉公させるつもりです』」と報告しました。

「確かに子供達の後見をするのは奇妙な親戚関係のように見えるが、王様にもそれくらいの身分の者が娘を差し出すこともある。その上、宿縁があって寵愛を受けるようになっても、人がとやかく謗ることもない。さらにまた、普通の人なら、素姓の怪しい女や他の男に嫁いでいた女などでも、妻にする類は多い。『浮舟はあの知事の娘なのだ』と言われたとしても、浮舟を正妻とする振舞いをしたわけでもないから、汚点となることもない。一人の大事な娘をわけもなく失って、悲しんでいる母親の心に、『やはり浮舟とのつながりで、一家も晴れがましいことだ』との思いを知るようにする気配りを必ずするべきだ」とカオルは思いました。

 

 母君の仮り宿に夫の知事がやって来て、立ったまま怒鳴りました。「娘の大事な出産の時に、こんな場所にいるとは」と腹を立てています。

「昨年の夏以降、姫君がどこにいるかなど、ありのままに教えなかったので、夫はきっとみすぼらしい様子でいるのだろうと思っているようだ。姫君がパリなどに迎え入れられた後に、名誉なことがあったと知らせようと思っていたが、こうなったからには、今さら隠していてもつまらないことだ」とこれまでの経緯を泣く泣く話しました。

 カオルからの手紙も取り出して見せると、貴人を有難がる田舎者なので、驚いたり怖気づいたりしながら、繰り返し繰り返し読みました。

「とても素晴らしい幸運を捨てて、亡くなってしまった人なのだ。私もカオル殿の家人として仕えたことがあった。間近で召し使ってもらうこともなかったが、とても気高いお方である。その上、私の子供達のことまで話されているのは心強いことだ」などと喜んでいます。

 そんな有様を見るにつけて、「まして生きていてくれたら」と母君は横に臥しながら転げまわって泣きました。知事も今になって涙を流しました。浮舟が生きていたとしたなら、カオルはなまじっか異父弟の世話をしようとはしなかったでしょう。

「自分の誤った判断から、浮舟を亡くしてしまったのは可哀そうなことだ。何とか母君を慰めねばと思うからこそ、世間の謗りも深く気にすることもない」と思いました。

 

 五十日目の追悼ミサなどについては、「実際にはどうなったことなのか」と疑問に思いつつ、ともかく罪になることはないのだからと、ごくひっそりと、あの司祭の教会でさせました。六十人の聖職者への布施なども立派にさせました。母君も出席して、色々のことを加えました。

 ニオイ卿からは、ジゼルの許に、白銀の壺に黄金を入れたものを寄越しました。人が見咎めるような派手なことは出来ず、ジゼルが自分の意思として供養をしたので、事情を知らない者は「どうしてそこまで」などと不思議がっていました。

 カオルは気心の知れた、親しくしている者に限って、大勢の者を寄越しました。「奇妙なことに話にも聞いたことがなかった人の供養を、カオル殿がどうしてこのように手厚くされるのだろう」、「一体、誰なのだろう」と、今になって驚く人が多くいましたが、母君の夫の知事がやって来て、供養の主人顔をしているのを、人々はいぶかしげに見ていました。

「娘が少将の子を生んだので、派手な祝いをしようと意気込んで、邸内にない物は少ない、といった具合に、イタリアやオーストリアの飾りも集めたものの、限界があってひどくみっともないものになってしまった。この追悼ミサは目立たないように予想していたが、格別な気配を見ると、姫君が生きていたなら、カオル殿の隠し妻となって、自分は側に寄れない運勢の人になっていた」と感じていました。

 マドレーヌも読経を寄進して、七種の記念会の饗応の物を贈りました。サン・ブリュー大后も今になって、「カオル殿がこういった人を抱えていた」と聞いて、ジョセフィンへの遠慮から、そういった粗略に扱えない人を山里に隠していたのは不憫なことだ」と感じました。

 カオルとニオイ卿の二人の心中はいつまでも悲しいのですが、都合が悪い恋情の盛りに掻き消えてしまったことがニオイ卿には辛いものの、浮気癖があるので、「気が紛れるかも」などと他の女性への接近を試みることがぽつぽつとありました。カオルの方は後々のことを何やかやと考えながら、浮舟の腹違いの兄弟の世話をするものの、どうしても言う甲斐もない悲しみを忘れ難く思っていました。

 サン・ブリュー大后は叔父の蜻蛉卿の服喪で、ずっとモンソー城に引き籠っていました。亡きフィリップ王を継いだマルク王はカトリック派とプロテスタント派の衝突といった重大事がのしかかっているので、始終サン・ブリュー大后に会いに行くことは出来ません。

 

 ニオイ卿は何かと寂しくしんみりしてしまうので、妹のマルグリット王女を慰めにしていましたが、王女に仕える器量の良い侍女たちをまともに見れないことを残念がっていました。そうした美女たちの中で、カオルが何とか忍んで逢っているシモーヌ(Simone)は容貌なども美麗でしたが、カオルは「才気がある人」だと思っていました。同じハープやリュートを掻き鳴らす爪や撥(ピック)の音色も人より勝っていて、文章を書いたり物を話したりしても、洗練さが供わっていました。ニオイ卿も前々からシモーヌにとても惹かれていて、例のようにカオルとの仲を邪魔しようと口説こうとしますが、「どうしてそんなに容易く靡くことはありません」と気強くはねのけてしまうので、真面目なカオルは「人とは幾らか違っている」と感心していました。

 シモーヌはカオルが物思いをしているのに気付いたので、思い余って歌を詠みました。

(歌)悲しみを知る心は人に劣りませんが 数にも入らない身なので 消え入るばかりの思いでいます

「私が死んだとしても、これほど悲しむことはないでしょう」と、趣がある紙に書いてありました。

 しんみりとした夕暮れ、ひっそりとした時を見計らって歌を送って来たので、カオルは好ましく感じました。

(歌)この世の中は非情なものと憂えている身だが 人が気付くほど嘆き悲しんでいるのだろうか 

とカオルは詠んで、「悲しんでいる折りに、とても嬉しいことを」などと伝えにシモーヌの部屋に立ち寄りました。いつも恥づかしげて重々しく、普通ではこうした所に入って来ることもない高貴な人柄なのに、「とてもささやかな部屋だね」などと言って、狭い出入り口に寄りかかっているのを、シモーヌは恥づかしい思いをしますが、さすがに卑下することもなく、感じよく話し相手をしました。

「シモーヌは亡くなった浮舟よりも、心憎い才識がある。なぜ侍女として出たのだろう。隠し妻として手許に置いていたら』と思うものの、胸中の思いはシモーヌには少しも見せずにいました。